「人前に現れる時にはこのように肉面を被るのが天狗の身嗜みなのだ」

「肉面……」と花びらのような唇で呟き、鈴華は本物の顔とまごうばかりの化け物の面をしげしげと見つめた。

「普段ならば俺とて身嗜みには注意を払っているのだがな、今日は突然のことで素顔のままだった」

再び顔をなでて元の美青年の面相へと戻し、俺は溜息を吐いた。

「それでは、天狗様。昔話にある姿形は、天狗様の身嗜みということなのですね」

本日の失敗が、京の霊山は愛宕山と鞍馬山におわす我らが大総領、
愛宕山太郎坊天狗と鞍馬山僧正坊天狗との両名を持つ魔王大僧正殿の御耳にでも入れば──

どのような謗りを受けることになろうかと憂鬱な気分に浸っている俺には、何が面白いのか楽しいのか理解不能であったが、鈴華は紅葉ただ中の秋の野山でくすくすと春風のように笑った。

身嗜みか。

厳密には、

そう義務づけられた現在の我々の容姿は、鈴華の言う昔話にある姿形を模倣したものに過ぎないのではあるが……。


「それでは天狗様、天狗様」

鈴華は天狗という未知なる生き物に多大な関心を寄せた様子で、また何か質問をしようと口を開き、俺は先刻より何度も繰り返されるその単語に苦笑した。

「俺は確かに天狗だが、天狗様が名前ではないぞ。総領よりいただいた名がある」

「天狗様にもお名前が?」

そう言えば名乗っていなかった。


「うむ。俺は朔太郎と申す」


太郎坊殿の名を一部に入れることを許された我が天狗としての尊き名前を名乗った途端、


くるくると目まぐるしく変化していた鈴華の表情が、彫像の如くに固まった。


「さく……たろう……?」


こぼれ落ちんばかりに見開いた目を俺に向け、
蒼白になった顔で唇を戦慄かせて、
少女は俺の名を呟いた。