ともかく、目の前にいる迷い人を放置して己の管轄する山で遭難者を出したとあっては天狗として職務怠慢である。
このまま力ずくでいったん麓の村まで帰したとしても、鈴華は再び山中に分け入ってくる危険性を十分すぎるほどに漲らせていた。

ここはひとまず己の監視下に置いて、この娘が諦めるか納得するかして山を下りる決意をしてくれるのを待つというのも上策かもしれぬ。


そう結論づけた俺は、
ほてほてと危なっかしい歩みで枯葉の堆積した道無き山を進み時々転びそうになる娘をそのたびに支えてやりながら、彼女につきあって山中を歩き回った。

「天狗様、天狗様」

歩きながら鈴華は、男の脳髄を溶解させそうな可愛らしく甘い金平糖の如き声音で俺に話しかけ、俺の灰色の髪と金の瞳とを物珍しげに見上げて尋ねてきた。

「天狗様というのは皆、斯様に摩訶不思議な、異人の如き瞳と髪の色をされているものなのですか?」

「……それは各々の趣味によって異なるな」

「趣味?」

「人間どもも、着物の色や帯の色を各人の好みで選んでおるだろう?
それと同じだ。我々天狗は、趣味やその日の気分で髪や目の色も変えて楽しむのだ」

「まあ、そのようなことが……!」

鈴華は両の瞳にきらきらと星を宿して楽しそうに俺の容姿を眺めて首を傾げた。

「天狗様。それでは天狗様が、鼻が高くて赤ら顔をしているというのはうそなのでしょうか?」

「うそではない」

俺は己の失態を改めて呪いながら、美貌の面をひとなでして見せた。

鈴華が驚きに目を見張る。

たちまちに俺の顔は変化し、人間の昔話に登場する姿と寸分違わぬ、目玉をぎょろつかせた高鼻で赤ら顔の恐ろしい化け物の面となる。