鈴華はそれから十年、天狗さらいに遭った幼なじみのことが忘れられず、
そしてこのたび、別の旗本の家への輿入れが決まったことを期に──

「家出して参りました」

と語った。

天狗さらいの幼なじみと輿入れと家出とがどう結びつくのか、天狗なみの跳躍力でもって話が飛躍したのを感じて俺は混乱し、ふと思いついて、

「その幼なじみというのは男か」

と尋ねてみた。

ぶしつけなことこの上ないと思われた俺のこの質問に対して、鈴華はこくりと頷いた。

なるほどと俺は納得した。
いなくなった幼なじみの性別が男であったならば、天狗の飛翔力を見せた彼女の話にも着地点が見えようというものである。


「将来を約束し誓い合った仲でございました」


俺の想像を裏付けるように、鈴華は整った眉をまた切なげに歪めてそう言った。


つまり彼女は、十年も昔に消えたその幼なじみの男に律儀にも未だに操を立て続けており、他の人間との婚儀が嫌で家出してきた──さらに言うなれば、このような山中にそのいなくなった何某かを探して一人分け入ってきた、とこういうことらしかった。


将来を約束した仲と言っても──十年前ならばこの娘はまだわずか六つか七つか……十にも満たぬ幼子ではないのか?


俺は幼少の頃に交わした約束一つで、そこまでその相手を思い続ける鈴華に半ばあきれにも似た感動を覚えた。

こういう純粋そうな少女の心というものは、俺などのような妖怪変化には想像もつかぬほど一途にできているものなのかもしれないと思った。


「天狗様、天狗様は、この山の主様なのでしょう?」

すがりつくような目に俺を映して、鈴華は切々と訴えた。

「お優しい天狗様、どうか彼を返してくださいまし。お願いでございます!」