まどかが幸せそうに微笑みながら、携帯の待受画面を見つめていた。
すると突然、彼女の携帯からけたたましい着信音が鳴り出した。
これは今、中高生を中心とした若者に人気の女性アーティストの新曲だ。

「きゃっ、噂をすれば航平くん」

まどかが飛び付くように電話に出る。
そして、なんとも可愛らしい表情と声色で話し始めた。そんな彼女を見ていると、妬むどころかこっちまで少し良い気分になってしまう。
あたしと千晶は苦笑しながら顔を見合わせた。

「うん、うん…。今友達とお茶してたとこ。えっ?今から?いいよぉ。すぐ行くねぇ」

通話を終えると、予想通りと言うべきかまどかはいそいそを上着のジャケットを着ながら立ち上がった。

「ねぇ!航平くんが近くまで来てるって。車で送ってってくれるって言ってる。二人とも乗っていかない?」

あたしと千晶は、まどかのその誘いを断る事にした。
その彼氏である航平くんが、実際にどんなに素敵なのかは興味があるが、こんなに幸せそうなまどかの甘い時間を邪魔したくはなかった。

「そっかぁ。残念。二人にも自慢したかったのにぃ。
じゃああたしは行くね。
あ、ねぇ千晶」

「ん?」

改めて名指しで呼ばれ、千晶はちょっと驚いた様にまどかを見た。

「そろそろ妥協して、彼氏作った方がいいよぉ。
美容学校なんてさ、カッコイイ子たくさんいるじゃん。就職してからじゃ、忙しくて出会いなんてないかもしれないし」

「あたしはいいよ。今は学校の授業についていくのにやっとだし。周りは、チャラい奴ばっかりだしさ」

「またそんな事言って〜この3人とその彼氏で、トリプルデートとかしたいじゃ〜ん。じゃあ、バイバイ」

まどかがそう言って、ニコニコと笑いながらスキップでもしそうなくらい軽快な足取りで、その場から去っていった。
完全に浮かれているな、と思った。
まどかのこんな類いの報告は今までにも何度かあったが、いつもどこか一歩引いて、客観的にさえ自分と恋人を見ていた様な気がする。
恋人なのだから当然好きなのだが、相手に完全にはのめり込まない。
常に「自分」を確立させ、恋人よりも自分の意思を最優先に行動していた。
すると恋人は、そんな自由奔放なまどかを不安に思い、追い掛けてくる。まさに好循環の恋愛をしていたのが今までのまどかだった。
そのスタイルを変えるくらい、本当に航平くんにゾッコンで、今のこの状況が幸せで仕方ないのだろう。
また、先程言っていた様に、そんな非の打ち所の彼氏を持った事も自慢なのだろう。
今までの歴代彼氏だって、皆カッコ良かったが。

「まどか、本当に嬉しそうだね…」

「うん。このまま順調にいけばいいけど」

あたしと千晶は見えなくなるまで、その後ろ姿を見送っていた。
それからしばらくして、千晶がお腹を空いたと言うので、あたし達は場所を変えてやや遅めの夕食を取る事にした。
地下鉄に乗りA駅まで移動して、A駅近くに新しく出来たファミレスに向かう。
夜はもう遅く、21時近くになっているのにも関わらず、店内は客で混んでいて、店員は皆忙しそうに走り回っていた。
それでもなんとか席に通してもらい、あたしと千晶はお冷やを飲みながら一息ついた。