海から帰ってきて一週間が経過していた。
明からのメールに「日焼けした腕や肩からポロポロ皮膚が剥けて困る」と書いてあった。
あたしの様に、全身に日焼け止めを塗るなんてしなかったフェニックスのメンバー全員にそういう事態が起こっているらしい。
なんだか想像すると可笑しくて笑いが漏れた。
相変わらず明とのメールのやり取りは毎日欠かさなかったが、変わった事がいくつかあった。
まず、あの日初めて明と唇を重ねてから、あたしも自分の感情を少しだけ明に吐き出せる様になった。
前までは、恥ずかしくてメールにすらそんな文面を書く事なんて出来なかったのに、自然と「会いたい」「大好き」と言った言葉を伝えていた。
明が代打出勤でアルバイトを数日続けて勤務中、ふと会いたくなったりした時は、手が勝手に「寂しい」「早く会いたい」と文字を打ってメールを送信してしまっていた。
我ながら、一体どうしてしまったのだろう。
こんなに思っていた気持ちを、素直にストレートに相手にぶつけていた時期が、これまでの人生であっただろうか。いや、ない。
明とキスをしたことで、あたしの中の抑圧された感情をのたがが外れてしまったんだろうか。
一方の明はと言うと、そんな鉄アレイのごとく重い文面のメールにも、「俺も寂しい」「杏子と会えるの、楽しみにバイト頑張ってくる」と優しい返信をしてくれていた。
あたしもバイトがあるので、お互い忙しい時間の中で針に糸を通すように空き時間の隙間を縫って二人で会った。
デートコースこそ以前と変わらなかったが、別れ際に人目のつかない場所でお互いの頬や額、それから唇に口付けを交わす習慣が出来た。
もはや勤務中や家にいる時間、果ては寝ている間まで24時間、どっぷり明に浸っていたあたしである。
「ふぅ〜ん、明くんとうまくいってるんだぁ」
ある日の夕方。
いつも通りバイトが終わったあたしは、職場からそう遠くない喫茶店にまどかと千晶と一緒にカフェオレを飲んでいた。
時給と仕事量が、割に合っているとは到底思えない職場だが、街の中心部にあるので、こうして帰りにお茶や夕食を取ったり、ウインドウショッピングが出来るのが唯一の利点だった。
あたしの向かいに座ったまどかがニヤニヤしながらあたしを見ている。
千晶もいつもは紅茶を頼むのに、今日に限ってコーラを飲んでいる。
それを見てあたしは明を思い出し、胸がキュンとなる。
「うん…。まぁ…」
恥ずかしさにあたしは、顔が熱くなっているのを感じていた。
「それで、キスまで?明くんとの進展は」
「え…。まぁ…そうだけど…」
目を爛々と輝かせているまどかに聞かれ、あたしはしどろもどろになった。
「え、まだしてないの?」
まどかが驚いた顔をして言った。千晶は、ただ黙ってあたし達のやりとりを聞いている。
「してない…って何を…?」
まどかが人目を気にしたのかあたしに顔を近付け、耳打ちする。
「エッチ」
「!?」
その単語を聞いて、あたしは腰を降ろしていた椅子からずり落ちそうになった。
あたしが、明とそういう事を……。
いや、付き合っている恋人同士なら、いつかはする行為だとはわかっている。
あたしだって、人並みに興味はあるし、漫画や雑誌などでそういう知識は多少ある。
しかし、実際に明と…となると、話は別だ。
自分がそんな事を及ぶなんて、まだ全然現実感が湧かない。
あたしと明が、東京に行って一緒に暮らすくらいにリアルじゃないのだ。
「いい?杏子、明くんはモテるんだよ?あまり勿体ぶってるとさ、浮気されるかもよ?」
「え……」
まどかが身を乗り出して力説している。
本当にそうなのだろうか。
確かに明はモテる。
かつてのあたしの様に、ライブを行えば連絡先が書かれたファンレターをもらう事など、日常茶飯事だ。
バイト先でも、明目当てに店に通う女性客もいるらしいし、大学でもたくさんの女の子に囲まれているだろう。
でも、あたしと明はまだ付き合って1ヶ月ちょっとなのだ。いくらなんでも、少し早過ぎると言うんじゃないだろうか。
それても現代の日本社会において、恋人同士の男女は、付き合って早々と身体の関係を持つものなんだろうか?
どこかの誰かに信頼出来るデータを示して欲しい。
「だって、まだ心の準備も出来てないし…」
「そうだよ。だって二人は付き合ってまだ1ヶ月ちょいじゃん。さすがに早いでしょ」
あたしが恥ずかしさに俯くと、千晶が助け船を出してくれた。
今、まさにあたしが思っていた事を代弁してくれている。
「まぁ杏子は奥手だからね。でもさぁ、明くん我慢してるかもよ」
「我慢……?」
「男ってアレ我慢するの、結構大変みたいだよ。自分を大事にするのも、もちろんいいけどさ、明くんの事考えてあげた方がいいかもよ」
高校生の頃から、どこから見つけてきたのか、格好いい男の子とばかり付き合ってきたまどかだ。
まさにモテモテの恋愛の達人、男の子の気持ちを知り尽くしていると言っても過言ではないだろう。
そんなまどかが言うと、確かにそうなのかとつい思ってしまうが…。
「もういいじゃん、この話は。杏子、明くんが本当に杏子の事が好きなら、待ってくれると思うよ」
千晶が強い口調で言った。
「えぇ〜。そりゃあ、そうだけどさ〜」
まどかはまだ何か言いたそうだ。
「二人のペースってものがあるんだからさ、外野がアレコレ口出す事じゃないよ」
と千晶はキッパリと言い切り、まどかは不満そうに口を尖らせただけで何も言わなかった。
高校時代から、あたし達3人グループは、明るくて華やかな雰囲気のまどかがリーダー格だと周りから思われていた。
だが、この3人の中で一番発言権を持っているのは、実は千晶なのだ。
千晶の意見には、あたしは勿論まどかも素直に従う。と言うか、言っている事がいつも正論なので、従わざるを得ないのだ。
まどかも口には出さないものの、千晶には「勝てない」と思っていると思う。
やはり部活を通して、人間関係に精通しているのだろうし、やはり千晶にはぶれない強い芯が一本、通っているのだ。
明からのメールに「日焼けした腕や肩からポロポロ皮膚が剥けて困る」と書いてあった。
あたしの様に、全身に日焼け止めを塗るなんてしなかったフェニックスのメンバー全員にそういう事態が起こっているらしい。
なんだか想像すると可笑しくて笑いが漏れた。
相変わらず明とのメールのやり取りは毎日欠かさなかったが、変わった事がいくつかあった。
まず、あの日初めて明と唇を重ねてから、あたしも自分の感情を少しだけ明に吐き出せる様になった。
前までは、恥ずかしくてメールにすらそんな文面を書く事なんて出来なかったのに、自然と「会いたい」「大好き」と言った言葉を伝えていた。
明が代打出勤でアルバイトを数日続けて勤務中、ふと会いたくなったりした時は、手が勝手に「寂しい」「早く会いたい」と文字を打ってメールを送信してしまっていた。
我ながら、一体どうしてしまったのだろう。
こんなに思っていた気持ちを、素直にストレートに相手にぶつけていた時期が、これまでの人生であっただろうか。いや、ない。
明とキスをしたことで、あたしの中の抑圧された感情をのたがが外れてしまったんだろうか。
一方の明はと言うと、そんな鉄アレイのごとく重い文面のメールにも、「俺も寂しい」「杏子と会えるの、楽しみにバイト頑張ってくる」と優しい返信をしてくれていた。
あたしもバイトがあるので、お互い忙しい時間の中で針に糸を通すように空き時間の隙間を縫って二人で会った。
デートコースこそ以前と変わらなかったが、別れ際に人目のつかない場所でお互いの頬や額、それから唇に口付けを交わす習慣が出来た。
もはや勤務中や家にいる時間、果ては寝ている間まで24時間、どっぷり明に浸っていたあたしである。
「ふぅ〜ん、明くんとうまくいってるんだぁ」
ある日の夕方。
いつも通りバイトが終わったあたしは、職場からそう遠くない喫茶店にまどかと千晶と一緒にカフェオレを飲んでいた。
時給と仕事量が、割に合っているとは到底思えない職場だが、街の中心部にあるので、こうして帰りにお茶や夕食を取ったり、ウインドウショッピングが出来るのが唯一の利点だった。
あたしの向かいに座ったまどかがニヤニヤしながらあたしを見ている。
千晶もいつもは紅茶を頼むのに、今日に限ってコーラを飲んでいる。
それを見てあたしは明を思い出し、胸がキュンとなる。
「うん…。まぁ…」
恥ずかしさにあたしは、顔が熱くなっているのを感じていた。
「それで、キスまで?明くんとの進展は」
「え…。まぁ…そうだけど…」
目を爛々と輝かせているまどかに聞かれ、あたしはしどろもどろになった。
「え、まだしてないの?」
まどかが驚いた顔をして言った。千晶は、ただ黙ってあたし達のやりとりを聞いている。
「してない…って何を…?」
まどかが人目を気にしたのかあたしに顔を近付け、耳打ちする。
「エッチ」
「!?」
その単語を聞いて、あたしは腰を降ろしていた椅子からずり落ちそうになった。
あたしが、明とそういう事を……。
いや、付き合っている恋人同士なら、いつかはする行為だとはわかっている。
あたしだって、人並みに興味はあるし、漫画や雑誌などでそういう知識は多少ある。
しかし、実際に明と…となると、話は別だ。
自分がそんな事を及ぶなんて、まだ全然現実感が湧かない。
あたしと明が、東京に行って一緒に暮らすくらいにリアルじゃないのだ。
「いい?杏子、明くんはモテるんだよ?あまり勿体ぶってるとさ、浮気されるかもよ?」
「え……」
まどかが身を乗り出して力説している。
本当にそうなのだろうか。
確かに明はモテる。
かつてのあたしの様に、ライブを行えば連絡先が書かれたファンレターをもらう事など、日常茶飯事だ。
バイト先でも、明目当てに店に通う女性客もいるらしいし、大学でもたくさんの女の子に囲まれているだろう。
でも、あたしと明はまだ付き合って1ヶ月ちょっとなのだ。いくらなんでも、少し早過ぎると言うんじゃないだろうか。
それても現代の日本社会において、恋人同士の男女は、付き合って早々と身体の関係を持つものなんだろうか?
どこかの誰かに信頼出来るデータを示して欲しい。
「だって、まだ心の準備も出来てないし…」
「そうだよ。だって二人は付き合ってまだ1ヶ月ちょいじゃん。さすがに早いでしょ」
あたしが恥ずかしさに俯くと、千晶が助け船を出してくれた。
今、まさにあたしが思っていた事を代弁してくれている。
「まぁ杏子は奥手だからね。でもさぁ、明くん我慢してるかもよ」
「我慢……?」
「男ってアレ我慢するの、結構大変みたいだよ。自分を大事にするのも、もちろんいいけどさ、明くんの事考えてあげた方がいいかもよ」
高校生の頃から、どこから見つけてきたのか、格好いい男の子とばかり付き合ってきたまどかだ。
まさにモテモテの恋愛の達人、男の子の気持ちを知り尽くしていると言っても過言ではないだろう。
そんなまどかが言うと、確かにそうなのかとつい思ってしまうが…。
「もういいじゃん、この話は。杏子、明くんが本当に杏子の事が好きなら、待ってくれると思うよ」
千晶が強い口調で言った。
「えぇ〜。そりゃあ、そうだけどさ〜」
まどかはまだ何か言いたそうだ。
「二人のペースってものがあるんだからさ、外野がアレコレ口出す事じゃないよ」
と千晶はキッパリと言い切り、まどかは不満そうに口を尖らせただけで何も言わなかった。
高校時代から、あたし達3人グループは、明るくて華やかな雰囲気のまどかがリーダー格だと周りから思われていた。
だが、この3人の中で一番発言権を持っているのは、実は千晶なのだ。
千晶の意見には、あたしは勿論まどかも素直に従う。と言うか、言っている事がいつも正論なので、従わざるを得ないのだ。
まどかも口には出さないものの、千晶には「勝てない」と思っていると思う。
やはり部活を通して、人間関係に精通しているのだろうし、やはり千晶にはぶれない強い芯が一本、通っているのだ。