「この子が明の新しい彼女ねぇ…」

琉斗があたしを無遠慮にしげしげを眺める。
彼が言った言葉を、以前リナにも言われた事を思い出し、あたしは少し嫌な気分になった。

「なんか今までとは違うタイプだよね、いい意味で」

「うん。こういうコケティッシュな清純派だとは思わなかった」

「あの女王蜂よりは、初々しくていいんじゃない」

フェニックスのメンバーがあたしに次々と勝手な批評をしてくれる。
その締めに海が、ワインを瓶のままラッパ飲みしながらしれっと言い、周りの男性陣はまたゲラゲラと笑った。

「うるっせぇよ、お前らは!ほら、俺の番は終わりだ。次はお前だぞ」

「あん?」

明はメンバー一人一人の頭にゲンコツをお見舞いし、アウトドア用折り畳み椅子に座って優雅に酒を飲む海に、次の自己紹介をする様に促した。
明から話は少し伺っていたが、この人は本当に酒を水の様に飲む。それでいて酔った様な感じは全く見受けられない。毎晩毎晩寝る前に一人で晩酌をする習慣もあると言う。
そのせいか酒がこの上なく強い上に、無類の酒好きでビールやカクテル、焼酎、日本酒、ウィスキーなどなんでもござれらしい。
明曰く最強のウワバミらしいが、あたしはアルコール依存症の間違いじゃないのかと思った。

「あー…俺か。ども!フェニックスのヴォーカル担当の海です!本名は北 海(きた かい)と言います!生まれてこの方、名前を何処で区切ったらいいんだとか、どっちも名字みたいだとか、お前下の名前ねーの?だとか言われ続けてきました!」

立ち上がって琉斗と同じく、自虐ネタで場の笑いを取る海。まどかにも大ウケで、白い歯を見せて笑っている。

「高校の時、体育の授業で先生が出欠取るじゃん?他のヤツらはみんな名字だけで呼ぶのに、毎回毎回俺だけ『北海!』ってフルネームで呼ばれてんの!」

まどかが声をあげて笑ったので気を良くしたのか、海はさらに名前にまつわるエピソードを披露した。
確かに文字数も読みも極端に短い名前である。

「えー歳は、こう見えて花の21ちゃいです!職業は…自称自由人です!」

「うそつけ!花の無職だろお前は!」

「自由人とか自称すんな!それよかヒモだろ!」

琉斗や明が楽しそうに囃し立てる。
本当にこのメンバーは、こんなにふざけあったり、軽口を叩き合える程仲が良いんだ。
今日それがわかり、あたしはまたフェニックスと言うバンドが好きになった。

昔から明はロックが大好きなギター少年で、通っていた高校では軽音部に所属していた。
その腕前を知り、彼に一緒にバンドを組まないかと誘ったのが当時短期のアルバイト先で一緒だった海だ。
ちなみに海と琉斗、そしてライブの受付の彼女は、同じ中学校で先輩後輩の間柄だそうだ。
そのよしみで、海は琉斗もバンドに引きずり込んだらしい。
ドラムはと言うと、結成当時は海がどこからかスカウトしてきた、彼らよりは少し年上の落ち着いた男性が担当していた。
その人は随分前に脱退し、明の大学の先輩で、以前からバンドを組んでいた慎に交代になった。
ちなみに初代のドラマーが何故脱退したのかについては、彼は社会人だった為仕事とバンドの両立が難しくなったと言うのが表向きだが、どうやら彼の恋人をこのヴォーカルが寝取ったと言うのが真相だと、明は面白おかしく話してくれたのを思い出した。

「失礼なヤツらだな〜。週3回、夜間に交通警備のバイトしてるっての。
あいつとは別れたし、今はおとなしく実家にいるよ」

痩せてはいるものの、ちゃんと筋肉があって男らしい体型をした3人とは異なり、海の身体はまさに骨と皮であった。それに男性特有の身体のゴツゴツさと言うのもない。
肌も色白で、体毛も脛毛が申し訳程度に生えている以外はどこもかしこもつるつるで、その真っ裸の胸に乳房がないのに違和感を感じる程だった。
こんな頼りない体つきの、こんなセミロングの髪を茶色と言うよりは金色に染めた性別不詳の人物が、交通警備のガードマン?
さぞかし現場は混乱の連続だろうと思った。
職務中も酒を飲んでいそうだし。