気づけば暦は7月に入り、季節は夏になっていた。
あたしが住むこの街は、一年の半分近くは雪で覆われているにも関わらず、ここ最近は夏も異常に暑かった。
それも、北国の夏らしいカラッとした暑さではなく、ジメジメと湿気が多く、不快指数の極めて高いそれだった。
ある日の夕方。
いつも通りバイトを終えたあたしは、地下鉄A駅の近くにあるドーナツ屋の喫茶ブースに、明と向かい合わせに座っていた。
あまりの暑さで、食欲がないあたしはアイスコーヒーだけを注文した。
意外に甘党な明はドーナツを三個続けて一気に食べ、やはり大好きなコーラを飲んでご機嫌のご様子。
よく太らないなぁ、と感心してしまう。
「もうすぐ学校もさ、夏休みになるから、そうしたら色々遊びに行こうぜ。海とか、キャンプとかさ」
「うん…」
初めて二人で会った時に比べると、あたしに対する明の口調は、ずいぶんぞんざいな、いや男らしいものになっていた。
たまに二人でいる時に、明の携帯に友人やバンドのメンバーから電話がかかってきて、それらに応対する口調と全く同じものだった。
本来彼は、こういう口調の人らしい。
最初はあたしに気を遣って優しい話し方をしてくれたんだ、そしてあたしにも、くだけたそれになっている。
二人の距離が縮まってきた様で、嬉しかった。
ただ、いまだに明のあたしへの呼び名は「杏子ちゃん」のままだった。
「俺達のバンドって、意外に皆仲良いからさ。こんなにしょっちゅうプライベートでつるんでるバンドなんてなかなかねぇよ?
今年も色々楽しむつもりなんだ。だから杏子ちゃんも一緒にさ」
「そうなんだ。楽しそうだねぇ」
意外にインディーズバンドのメンバー同士って言うものは、ビジネスライクな関係が多いらしい。
職場の付き合いと同じで、バンドに関係する事以外は一緒にいない。
仕事仲間とは四六時中一緒にはいたくない、と言う考えなのだろうか。
かと言ってフェニックスがプロ意識皆無な、仲良しグループがやるお遊びバンドと言う訳では決してない。
そうじゃなかったから、地元でこんなに人気が出るハズがないのだから。
「……なんかあったか?」
「え?」
やけに神妙な顔をした明が、あたしを見る。
あたしが元気のない様に見えたのだろうか?
「何か悩み事でもあるのかと思って…」
明は視線をテーブルに落としたまま、呟く様に言う。
心配してくれているんだ。
「ううん。別に何もないよ。どうして?」
「いや、ならいいんだが…」
「あ、ごめん。今日、親に早く帰ってこいって言われてたんだ」
「え、おい…」
そう言って半ば無理矢理に会話を終了させ、あたしは席から立ち上がる。
二人分のトレーを返却口に片付け店を出る。
明は慌ててコーラを飲み干すと、後をついてきた。
「送るよ」
初めて二人で会った日と全く同じで、あたしが帰る時はバス停まで明は一緒に来て、バスが来るまで一緒に待ってくれる。
いつの間にかそれが、当たり前の事になっていた。
二人でバスを待つ時間も、ほとんど会話はなかった。
そして数分経つと、バスがやってきた。
「じゃあ、また家に着いたらメールするね。バイト頑張ってね」
あたしが笑ってそう言うも、明はまだ心配そうな顔をしていた。
「…なんか困った事があったんなら、遠慮なく俺に言えよ?電話でも、メールでも構わないから」
「ん。わかった。ありがと」
それだけ言ってバスに乗り、明と別れた。
…本当は、明に話したかった。相談したかった。
だけど、これ以上心配をかけたくなくて言えなかった。
あたしは明の【彼女】ではないのだから。
あたしが住むこの街は、一年の半分近くは雪で覆われているにも関わらず、ここ最近は夏も異常に暑かった。
それも、北国の夏らしいカラッとした暑さではなく、ジメジメと湿気が多く、不快指数の極めて高いそれだった。
ある日の夕方。
いつも通りバイトを終えたあたしは、地下鉄A駅の近くにあるドーナツ屋の喫茶ブースに、明と向かい合わせに座っていた。
あまりの暑さで、食欲がないあたしはアイスコーヒーだけを注文した。
意外に甘党な明はドーナツを三個続けて一気に食べ、やはり大好きなコーラを飲んでご機嫌のご様子。
よく太らないなぁ、と感心してしまう。
「もうすぐ学校もさ、夏休みになるから、そうしたら色々遊びに行こうぜ。海とか、キャンプとかさ」
「うん…」
初めて二人で会った時に比べると、あたしに対する明の口調は、ずいぶんぞんざいな、いや男らしいものになっていた。
たまに二人でいる時に、明の携帯に友人やバンドのメンバーから電話がかかってきて、それらに応対する口調と全く同じものだった。
本来彼は、こういう口調の人らしい。
最初はあたしに気を遣って優しい話し方をしてくれたんだ、そしてあたしにも、くだけたそれになっている。
二人の距離が縮まってきた様で、嬉しかった。
ただ、いまだに明のあたしへの呼び名は「杏子ちゃん」のままだった。
「俺達のバンドって、意外に皆仲良いからさ。こんなにしょっちゅうプライベートでつるんでるバンドなんてなかなかねぇよ?
今年も色々楽しむつもりなんだ。だから杏子ちゃんも一緒にさ」
「そうなんだ。楽しそうだねぇ」
意外にインディーズバンドのメンバー同士って言うものは、ビジネスライクな関係が多いらしい。
職場の付き合いと同じで、バンドに関係する事以外は一緒にいない。
仕事仲間とは四六時中一緒にはいたくない、と言う考えなのだろうか。
かと言ってフェニックスがプロ意識皆無な、仲良しグループがやるお遊びバンドと言う訳では決してない。
そうじゃなかったから、地元でこんなに人気が出るハズがないのだから。
「……なんかあったか?」
「え?」
やけに神妙な顔をした明が、あたしを見る。
あたしが元気のない様に見えたのだろうか?
「何か悩み事でもあるのかと思って…」
明は視線をテーブルに落としたまま、呟く様に言う。
心配してくれているんだ。
「ううん。別に何もないよ。どうして?」
「いや、ならいいんだが…」
「あ、ごめん。今日、親に早く帰ってこいって言われてたんだ」
「え、おい…」
そう言って半ば無理矢理に会話を終了させ、あたしは席から立ち上がる。
二人分のトレーを返却口に片付け店を出る。
明は慌ててコーラを飲み干すと、後をついてきた。
「送るよ」
初めて二人で会った日と全く同じで、あたしが帰る時はバス停まで明は一緒に来て、バスが来るまで一緒に待ってくれる。
いつの間にかそれが、当たり前の事になっていた。
二人でバスを待つ時間も、ほとんど会話はなかった。
そして数分経つと、バスがやってきた。
「じゃあ、また家に着いたらメールするね。バイト頑張ってね」
あたしが笑ってそう言うも、明はまだ心配そうな顔をしていた。
「…なんか困った事があったんなら、遠慮なく俺に言えよ?電話でも、メールでも構わないから」
「ん。わかった。ありがと」
それだけ言ってバスに乗り、明と別れた。
…本当は、明に話したかった。相談したかった。
だけど、これ以上心配をかけたくなくて言えなかった。
あたしは明の【彼女】ではないのだから。