「改めて言うけど、手紙、ありがとね」

やっとの思いでハンバーグを完食し、明が持ってきてくれたウーロン茶を飲んでいると、明が言った。
そう言えば、A駅の改札前で落ち合ってから今まで、会話らしい会話はしていなかった。
あたしはあたしでこの通り緊張しっぱなしで、明は明で注文していた料理が来るや否やそちらに集中し、会話そっちのけで食べることに夢中になっていたから。

「いえ…そんな」

「本当はさ、もっと早く連絡したかったんだけどさ、ちょっと色々バタバタしててさ。忙しかったんだよね」

「はぁ…」

忙しかった、って具体的に何が忙しかったんだろう。
大学かアルバイトか教習所か。
それとも作曲やバンドの練習だろうか。
それとも−…まさか、雛妃と別れる際に揉め事が起きたのだろうか。
そもそも二人は、本当に付き合っていたのか?
やっぱりあの掲示板サイトに書いている事なんて、眉唾物のデマばかりなのかもしれない。
目の前にいる明に、本当の事を聞きたい。
だが、聞けない。

「そう言えばさ、杏子ちゃんは今何年生なんだっけ?受験とかするの?」

「えっ?」

あたしは正直、少し驚いた。
明のこの言い方は、もしかしてあたしを高校生だと思っているんだろうか。
手紙には簡単な自己紹介で名前と年齢を書いておいたのに。
やっぱりファンからの手紙なんて熟読していないんだな、とほんの少し落胆した。

「えっ…あたしはもう卒業しましたよ?今年の10月で19歳になります。手紙にも、そう書きました」

恐る恐るそう言うと、明は入店してから何杯目になるんだろうか、飲んでいたコーラを軽く吹き出した。

「えっ…マジ?俺と同い年?」

そう言って、バッグからあの日あたしが渡した手紙を取り出す−内容は覚えてくれなくても、こうしてちゃんと目を通して読んでくれたんだ、と思うと先程の落胆は消えてなくなった。

「あー…ホントだ。今年19歳って書いてあるわ。いやゴメンね、このさ、貼ってくれたプリクラが印象に残ってて。」

そう言って、明はまどかと千晶と三人で撮ったプリクラを指差した。
これは高校の卒業式前に撮ったもので、ご丁寧に三人とも制服のブレザーを来ていた。

「あっ…それじゃあ確かに間違えますよねぇ…」

「うん。なんか杏子ちゃん、見た目若いしさ」

それはあたしが幼いと言う意味だろうか?
確かにまどかや千晶の様に大人っぽいと言う言葉は、生まれてこのかた誰にも掛けられたことがない。
顔のパーツだって、残念ながらファニーフェイス、と言う訳ではない。
弟の瞬介に、「お姉ちゃんは人生経験が足りないね。まだまだガキだわ」と評された事もある。
悔しいが、そう言う意味での若さ、いや幼さの事を明も言っているんだ。

「でさ、この左側の子なんだけど」

またも落ち込むあたしに気付かず、明は手紙に貼ったプリクラを指差す。
左側に写っている子、とは千晶のことである。
プリクラは右からあたし、まどか、千晶の順で並んでいる。
まどかはアイドルの様な愛くるしい笑顔を浮かべ無邪気に両手でピースをし、千晶はちょっとおどけた様に口を尖らせている。
そしてあたしはと言えば−笑いたいのにシャッターとのタイミングが合わず、真顔でカメラからも視線が微妙にズレ、でもピースは一応していると言う、なんともお粗末な映りになってしまっている。
なんだかこのプリクラの映りが、三人の性格をそのまま表していて、そう言った意味では面白い。

「この子、前回のうちのライブに来てたよね?」

「えっ…ああ、はい」

「なんか背も高くてキリっとしていてさ。宝塚にいそうな感じって言うの?観客席からでも目立っててさ。うちのファンにいない感じの子だから、覚えていたんだ」

明は、あたしより、千晶を覚えていたなんて−…。
先程消えたはずの落胆は、更に濃い雨雲になってまたやってきた。
もしかして、手紙を渡したのがあたしじゃなくて千晶だったら、明はもっと早く連絡したんじゃないだろうか。
明は、あたしよりも千晶の方がタイプなんだろうか。

そりゃあたしは、可愛いとか美人とか言うタイプではない。
身長は全国女性の平均値、体重は肥満ではないものの、あと2〜3キロはダイエットした方がいいと瞬介にダメ出しされる始末。
正直、自分で言うのも悲しいが、十人並みだと思う。

どこにでもいる、ごくごく普通の、ありふれた女の子。
決して主役の舞台なんて到底立つことの出来ない、エキストラ役の女の子。
そんな事は、他の誰に言われるまでもなく、あたしがわかりきっていた−…。

「でも、この三人の中じゃ杏子ちゃんが一番可愛いね。このプリクラより、実物の方がずっと可愛いよ」

明がそう言って、また目を細めて優しく微笑んだ。
あたしは嬉しくて、なんだか気恥ずかしくて、まともに明の目を直視することが出来なくなってしまった。

「あっ…ありがとうございます…」

俯いてお礼を言う。
すると明が軽くであるが、あたしの額を指で弾いた。

「同い年なんだから、敬語なんか使わなくていいよ。ね?」

「あっ…はい…いや…うん」

そう言って、二人で笑い合った。
主役になんてなれないのは、わかりきっている。
でも、この瞬間だけは、どうか、主役でいさせて。
あたしの心を陰らせた、雨雲色の落胆は、すっかり吹き飛び満月がぽっかり浮かんでいた。
あたしはあの時、確かにそう感じた。