かけがえのないあなたへ。
あの時、
あたしのそばにいてくれたこと。
あたしを支えてくれたこと。
どんなに離れていても
もう二度と逢えなくても
二人の人生がこれから交わらなくても
あたしは一生忘れません。
お互い、
しあわせになろうね。
大丈夫、あたしには天使がついているから。
心配なんてしなくても、大丈夫だよ。
親友でもあり、恋人でもあったあなたへ。
午前七時。
ベッドの側の棚に置いた、目覚まし時計がけたたましく鳴った。
まだ眠りの世界から抜けきれないあたしは、布団を被ったまま右手だけを伸ばし、それを止める。
そして、目覚まし時計ではなく肌身離さず持ち歩いている携帯電話を開いた。
寝る時ももちろん、充電したまま自分の隣に置いているのだ。
携帯の無機質な画面はあたしを無表情に見つめ、そこには誰からのメールも着信もなかった。
いつもの事だった。
「7時か…」
あたしは誰ともなしに呟いた。
早く起きなければ。
朝食を取って、着替えて化粧をしてバイトに行かなければ。
憂鬱だな…。
そう思っていると、隣のリビングからお母さんの声がした。
「杏子、起きてるの?もう7時過ぎてるわよ!」
うるさいな…。
あたしはそう思うと、心の中で舌打ちをし、とりあえず「はーい」と返事をした。
のそのそとベッドから起き上がり、洋服ダンスの引き
出しを開けて、今日着ていく服を探す。
バイト先は制服に着替える必要があるから、何を着ていっても良いのだ。
今日はこれとこれと…。
あたしは所謂、「原宿系」と呼ばれるファッションが好きだ。
個性的だったり、奇抜な色づかいやデザインの服やアクセサリーを、自分なりのセンスで、または雑誌を参考にして身にまとう。
周りの子達とは一味も二味も違う自分を常に演出するのが、あたしのポリシーだ。
みんなと同じスタイルなんて、没個性でつまらないと思う。
今日のコーディネートは、真っ青な原色系のポンチョに古着屋で買った花柄ロングスカート、それに大きく縞々のタイツを合わせる。
着替えを済ますと、襖を開け居間に出た。
その瞬間、先にテーブルを囲み朝食を取っていたパパと弟の瞬介の視線が突き刺さった。
「昨日、お隣の田中さんの奥さんに言われたわよ。
『新庄さん家の杏子ちゃん、独特なファッションセンスをしてるわね〜』って」
お茶を煎れているママが露骨に眉をしかめて言う。
毎朝毎朝恒例の嫌味。
あまりに懲りもせず言うので、もう何も感じなくなったし、むしろこれを聞かなきゃ1日が始まらない、とさえ思うようになった。
「何度も何度も言ってるだろ。ちんどん屋みたいだからやめろって」
今は新聞を読んでいるパパが、あたしの方に目もくれず言った。
所謂“古き良き時代”の人間で、頭がガチガチに凝り固まっているパパとママには、あたしの服装のセンスや好みが理解出来ないのだ。
「いいじゃん、今は個性の時代だよ。若いうちしか出来ない格好だってあるんだよ。
じゃ、行ってきまーす」
味噌汁を飲み干した瞬介が、スポーツバッグを手に取り勢い良く立ち上がる。
「もう行くの?お茶が入ったのに!」
「今日は朝練あるんだよ」
早々と玄関に向かう瞬介を見送ろうと、ママが後に続く。
「いってらっしゃーい。気をつけてねー」
瞬介が学校に行くと、居間に戻ってきたママが無表情であたしに言った。
「片付かないから、早く食べてよね。
お母さんだって、今日はパートあるんだから」
「……はい」
あたしは小さい声で返事をすると、朝食を取り始めた。
隣ではパパが、相変わらず新聞を読んでいたままだった。
瞬介が登校してしまうと、家の雰囲気が一気に気まずくなるのも、もはや慣れっこだった。
そうこうしているうちに、今度はパパが出社する時刻となり、パパは小さな声で「…行ってくる」と言って家を出た。
ママは、瞬介の時みたいに玄関まで行き見送る事はせず、自分も遅い朝食を取り、テレビでやっている星座占いをぼんやりと観ながら「えぇ」と答えただけだった。
腕時計を見ると、午前8時30分。
あたしは、朝の通勤ラッシュ時で満員御礼の地下鉄に揺られていた。
これからバイト先に行くのだ(あたしが家を出る時も、ママは食器を洗っていて、台所から間延びした「いってらっしゃーい」が聞こえただけだった)
あたしは高校を卒業してから、家からバスと地下鉄を乗り継ぎ片道45分かけた所にある、コンビニエンストア「KYマート」で朝の9時から15時まで働いている。
このバイトを続けて、もう三ヶ月は経った。
高校1年の時に、半年ばかり家の近くのコンビニでバ
イトしていた経験もあり、(何故辞めたかと言うと答えは簡単、経営不振でその店が閉店したからだ)求人誌で募集していたところを応募し、面接を受けたら採用されたのだ。
高校を卒業した後、漠然と短大か専門学校に進学するんだろうなとは思っていた。
でも具体的にどんな分野で、何の勉強をするのか、と言う事は全く考えた事がなかった。
確かに、元々服やアクセサリーやお洒落をする事が好きだけれど、それを仕事にしようなどと思った事もなく、そこまでの好きでもなければ情熱もなかった。
要するに、やりたい事も将来の夢もなかったのである。
おまけにこれと言った趣味も特技も、短所ならいくらでも思い付くけれど、長所もない。
ただ毎日毎日「楽しい事ないかな」と思いながら、何となく過ごしていた。
ところが、高校2年の冬に、パパが長年勤めた会社をリストラされてしまい、家計は火の車寸前。
退職金も雀の涙ほどしか出なく、パパの失業保険とママのパート代だけでは生活が苦しく、高校受験を控えた瞬介は「俺、受験辞めて働くよ!!」とまで言った程だった。
そんな状況で、どうして専門学校に進学したいと言えただろうか。
ママが切羽詰まった表情で、半ばヒステリックに「杏子、卒業したら就職してちょうだい!!いいわね!?」と言われるより早く、あたしは高校3年になってすぐ、進路希望を進学から就職に切り替えていた。
ここまで思い出すと、いつも胸の奥がチクリと痛む。