ぼろっちい団地の戸をたたく。
インターホンを押しても返事がないからだ。
「坂野さーん。いるんでしょー?返事くらいしてくださいよー」
まだ出てこない。
「おーい!あんま叫んでちゃ近所迷惑にもなるんですよ〜」
ひたすら戸を叩く。
すると戸の下の隙間から小さめの封筒が出てきた。
「今日はこれで勘弁してくれ…」
戸越しに坂野さんと思われる声が聞こえた。
「一、ニ、…あら〜全然足りてませんね」
中身は三万だった。
「もうとっくに期限過ぎてますからね…
組長もいつまで待ってくれるか」
「来月にはもっとまとまった金が出せる。正社員で雇ってくれそうなところがあるんだ。
それまで待ってくれ…」
弱々しい。情けない。
「…分かりました。次は頼んますよ。
ったく今日も俺じゃなかったら坂野さん、どうなってたか分かりませんよ」
きっと戸なんかこじ開けられてるだろうな。
「……ああ…次は必ず…」
俺はその場を後にした。
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「あーあ三万か…」
このまま帰れば俺が組長に怒られる。
「また入れるか…」
多分十万あればギリギリセーフ。
七万はとりあえず自腹で出しておこう。
「はぁ…なんで取り立てのが苦労しなきゃなんねんだよ」
同じ組の取り立てはもっと激しい。
例えば…まぁ暴力は組のルールで禁止されているから、マンションにも関わらず怒鳴り散らすくらいか。
そんなルール、全員が守っているとは到底思えないけど。
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「次で最後…」
今日の俺の取り立ては四件。
うち三件は回り終えた。
四件目は坂野さんの近所だ。
内田さん…初めて行くとこだ。
現在は母一人子一人で住んでいるようだ。
何でも旦那がうちの組に金を借りていたらしい。
だが家族を犠牲にして一人逃げた。
代わりに残った家族に借金を返してもらうことになる。
気が乗らないが、行かないわけにはいかない。
「…はぁ」
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「確か住之江荘だっけな…」
10分程歩いて発見した。
「わー…」
さっきのボロ団地に更に地震が起きた後のような、二階建てのアパートだ。
部屋は合わせて10部屋あるようだ。
こんなとこに、本当に人って住んでるもんなんだな…てのは言い過ぎか。
だがそれぐらい年季も入っていて、いつ倒れてもおかしくないだろう。
二階だっけな。
「うぉっ」
階段の軋みがすごい。
こんなに階段を恐いと思ったことはない。
内田………
「ここか」
203号室だ。
呼び鈴を押すが鳴らない。
電池が切れてるのか。
「ったく…」
戸を軽く叩く。
「内田さーん?」
返事がない。
ドアノブを回してみるが、鍵がかかっている。
再び戸を叩く。
さっきより強めに。
「留守か…?」
それか居留守…
「…ふ〜…」
一度廊下の手すりに背中を預けたが、このアパートのボロさを思い出しすぐさま体勢を戻した。
手すりが壊れてこっから頭から落ちて死ぬ…
容易に想像出来てしまってぞっとした。
スーツの内ポケットに入れてあるタバコを取り出し一服しようとしたその時、目の前の戸の鍵が開く音が聞こえた。
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「おっ?」
やっぱいたのか。
そのまま開くかと思ったら開かない。
「内田さん?開けていいんですか?」
返事はないが戸を開けた。
が、ロックがしてある。
隙間から覗いて見たが、人は見当たらない。
「…?っかしーな」
今更居留守かよ?
意味ねえじゃんばれてんじゃん
「ねぇ」
「わっ!」
いきなり声がして驚いた。
ど、どっからだ?
キョロキョロ見回してると再び聞こえた。
「おじさんここだよ」
「……?」
戸の隙間から小さい手が出ている。
「お前…"内田さん"か?」
「そうだよ?」
しゃがんで再び戸を覗く。
見えにくいが、子供がいる。
幼稚園…いや、小学生かな?
「お母さんは?」
「いない」
てことはこいつ一人か。
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参ったな〜。
母親がいないんじゃ意味がない。
「お前、お母さんいつ帰ってくるか分かるか?」
「……」
あれ?
「分かんないか?」
「…分かんない…けど…」
「けど?」
「多分…帰ってこない」
「………………はぁ!?」
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