明日、高篠先生と一緒に笑って恋が始まる。


…やっぱり先生、意地悪だ。


どうしてこんなことするのか。


そりゃ大切な本かもしれないけど。

でも。



やっぱり
アタシのこと…嫌いなんだ。





これ以上先生とは関わりたくない…
そう思ってアタシは先生の腕をすり抜け逃げ出した。




---from 龍之介---

「先生?」


「先生って化学ができるから当然数学もできますよね?」


「わからないところがあるんで教えて欲しいんですけど…」


女子生徒たちが昼休み、
俺を囲んでいろんな話をしてくる。

今日も昼食後、
職員室でゆっくり過ごそうと思っていたら教室まで引っ張り出された。


鬱陶しいなあと思ったけれど
決してそれを言葉に、
表情に出すことなく
自分でも呆れるくらいに愛想よく相手をする。



まあ、適当に相手したところで誰もそれに気づかない。

相手の表情に合わせて自分はそれに応える。

それだけ。


生徒たちが教壇を囲む。

「そうだね。
でもやっぱり数学は数学の先生に聞いたほうがわかりやすいと思うよ?」


でも
この女子生徒の輪の中には決して入ってこない

雨霧 葵。


ふと顔を上げるとやはり雨霧は俺から遠いところにいた。


友人といるでもなく一人で本を読んでいた。

いつも一緒に雨霧の友人は…
休みだったか…。


そして彼女はたまに顔を上げて俺を見る。

笑顔を向けることなく。


そんな姿を見ると相変わらずすべてを見透かされているかもしれないという…
そんな気持ちに駆られる。


そして同時に彼女は俺を軽蔑するのだろう。


「先生?
何見てるんですか?」

近くにいた生徒の一人が話しかける。



慌てて視線を元に戻し笑顔で答える。

「なんでも…ないよ」


やっぱり雨霧が怖いのか?

わからない。

「さ、もうすぐ昼休みも終わるから5時間目の準備をしないと」

そう言って生徒たちを自分の席に帰す。


そして教室を出るときにもう一度雨霧のほうを見る。

彼女も俺を見ていた。


一瞬、視線をはずせない…
と思った。

でも少しして彼女から視線を落とした。






ホッと安堵した。








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放課後、
終礼も終わって職員室へ戻る。


やっと今日が終わった。


俺は明日の授業の準備を職員室でするために
一旦、化学室へ寄る。


あの部屋は誰もいなくて職員室よりもずっと静かで落ち着く。


そうだ、
もう職員室ではなく化学室で準備しようか…
そう思って廊下を引き返す。


すると前から生徒が慌てて走ってきた。

あれは…?

雨霧 葵・・・?




彼女は何を急いでいるのか俺にも気づいていないようだった。


ドンッ!


俺にぶつかり彼女はやっと止まった。

「ああ、ごめんなさい」


彼女が俺に謝る。

でもたぶん、
俺であることにまだ気づいていないようだった。

そして頭を下げたときに
あたりに散らばった俺の本やプリント類を見て申し訳なく思ったのか
ハッとしたような顔をした。


そしてもう一度繰り返す。


「ああ…すいません」

そしてしゃがんでその散乱したものを拾い集める。


隅にあったバケツに…
あの本が見事に入っていた。

昔、留学したときに買った本。


俺は拾いあげることもせず少し気に留めたまま視線を彼女に戻す。


ふと彼女の手が止まりそっと顔を上げる。


そしてそのぶつかった相手が
俺だと確認できると雨霧のほうが困惑した表情を見せた。

「なんてことしてくれたんだ!」


別に彼女を困らせよう、
そんなつもりじゃなかった。

なんとなく彼女の反応が見たかっただけだった。


俺は怒鳴ったあとにさっきのバケツに手を入れて本を取り出す。

わざと彼女に大げさに見せるように。


確かに大切な本だったけれど
ないととても困るっていうほどのものではなかった。


それでも少し大げさに言ってみた。

ちょっとからかってみるつもりで。


俺が怒りながら言ったものだから彼女の顔がみるみる焦っていく。

「アタシ…なんとかして弁償しますから!」

焦って言う彼女が可笑しくて少しからかってみようと思った。