本を返すだけなのに、
できない。
動けない。
アタシはもうどうしたらいいのかわからなくて。
持っていた本が手から滑り落ちる。
アタシは本を拾うこともせず駆け出した。
もうその場から逃げるだけで精一杯だった。
---from 龍之介---
放課後、ちょうど正門の側を通りかかったとき雨霧と木村が一緒に帰るところを見かけた。
森本や木村と一緒によく帰っていると言っていたっけ。
2人が一緒にいるところを目の当たりにすると雨霧の側にいるのはやはり自分ではないのだと思い知らされる。
もっと違うシチュエーションで
もっと違う出会い方をしていれば。
俺はこんなにまで思い詰めることもなかったのかもしれない。
いや、
でも俺はずっとこんな生き方しかできなかったのだから。
どんな出会い方をしていたとしても結果としては同じだったろう。
「高篠先生さよなら!」
帰ってゆく別の生徒たちが俺に挨拶する。
その声に我に返り。
「あ、ああ。さようなら」
愛想よく笑ったつもりだった。
誰も何も気付いてはいない。
振った手を白衣のポケットに入れて管理棟にある化学準備室へ行こうとしたとき雨霧が俺を見ていたのに気付いた。
どういう思いで…?
ついこの間、
一緒に駅まで帰ったというのになんだかそれすらもうずっと昔のことのように思える。
彼女は今、
何を考えているのだろう。
俺のことを見ている彼女、
でも今、雨霧と一緒にいるのは木村だ…。
どうしようもなくてどうしたらいいのかわからなくて目を伏せて背を向ける。
俺じゃ、ないんだ。
彼女には。
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夕方のこの時間は1日のうちで一番の楽しみの時間かもしれない。
でも
面倒くさいな、と
いつも会うとき、
電話がかかるとき、
メールがくるときに思う女。
ならばどうにかすればいいのに。
はっきりしない自分が悪いのに。
そんな彼女から連絡があった。
仕事が早く終わるから学校の近くまで行くからと。
そう言われたとき、
彼女はこんな俺のどこに興味があるのだろうか。
俺の何が目当てなんだろうか。
そんなこと思った。
もし俺が女なら、
こんな男は近づきたくもない。
でもきっと彼女も俺の本心を知ったら離れていくだろう。
放課後、
仕方なく約束の場所へと行く。
「龍之介…!」
正門を出て少ししたところに彼女はいた。
相変わらず自己中心的で。
人の気持ちをもたない。
自分の気持ちを押し付ける。
胸元で光るネックレス。
当然それは俺がプレゼントしたものではない。
「プレゼントしてもらった」
と以前言っていた。
見るからにそんな高価なもの。
同性からのプレゼントでないことは一目瞭然だ。
それをわかってて着けて来る。
また誰か他の男からのものだろう。
そう思っても彼女に対し俺はなんの感情も沸いてはこない。
…以前と全く変わりないのにどうしてまだ俺は一緒にいるんだろう。
「急に連絡してきて…
どうしてここまで…?」
どうして会いにきた?
と思いながら言う。
早く、化学準備室へ戻りたい。
1人で静かに過ごしたい。
あ、でも今日は仕事が残っていたんだっけ。
でも。
彼女と過ごしているよりは準備室でまだ仕事をしているほうがずっといい。
「だって龍之介に会いたかったんだもの」
やはり俺の気持ちはお構いなしか。
相変わらず女の表情すらわからない。
そしてため息で返事をする。
「いいでしょ?」
「ああ…」
嫌なら俺もはっきりと言えばいいのに。
でももうなにもかも諦めて生きてきたから
そう、
だからついついここまで付き合ってきたんだ。
冷めている自分――。