きっと先生、
アタシが可哀想なコだと思って…
だから買ってくれたんだろな。
そして先生はあのとき言った。
そう、
木村くんとアタシが付き合ってるって…
思ってるんだ。
先生は木村くんとアタシが一緒にいることを望んでいる。
アタシのこと、
なんとも思ってないんだ。
どんなアタシが先生のこと想ったって。
もうこないだのことだけ。
一緒に帰った、
それだけ。
もうそれだけでいい。
そっと胸の奥にしまっておこう。
大切な出来事。
「最近、ご機嫌だな。
一緒に帰ろう?」
放課後、
正門に向かって歩いているところで木村くんが笑ってアタシに話しかけてきた。
「あ、空…くん…」
なんだかまだ下の名前で呼ぶことに慣れてなくて声がだんだんと小さくなる。
「え?なんて?」
少し意地悪く笑って木村くんは顔を寄せる。
近づく顔にドキッとして慌てて後ずさる。
「えっと、今日、バイト…」
戸惑うアタシに彼は笑う。
「そんな取って食おうってんじゃないんだから。
いいよ、じゃそこまで」
そして木村くんは嬉しそうにアタシの横に並ぶ。
「あ、そうだ。
一緒に本屋さん行って挨拶したほうがいいんじゃない?
店長さんも空くんに会いたがってるみたいだし」
ふと店長さんが彼に会いたがっていることを思い出して聞いてみた。
「えー?面倒だなあ、
あのオバサンってシャベリだから相手すんの面倒なんだよ」
その言い方がおかしくてつい笑う。
「高篠先生さよなら!」
その瞬間、
誰かが先生に挨拶する声がする。
声のほうを向くとちょうど生徒が帰るところで先生が白衣姿で立っているのが見えた。
つい立ち止まる。
「雨霧はいつも高篠先生の前では複雑な表情をするんだな」
木村くんのその言葉にドキッとする。
もしかしてこころの中、
見抜かれてる?
何も答えないでいると木村くんは続けた。
「高篠先生と雨霧って…
不思議だよな?」
「そ、そんなことないと思うけど…?」
「だってみんなが先生を慕っていつも近くにいようとするのにオマエはそれをしたことないだろ?」
木村くん…。
わかってるんだ。
アタシが先生の側に行かないこと。
「どうして?
先生は申し分のないくらいにいい先生だろ?
俺から見たってそう思うのに。
それに先生のほうも時々オマエのこと見てるだろ?
同じように複雑な表情で。
先生があんな顔するのってオマエだけに対してだけじゃないのか?」
木村くんのブラウンの瞳がアタシをじっと見つめる。
この人…わかってるんだ。
誰もわかってないと思ってたのに。
誰からもそんなこと指摘されたことなかったのに。
どうしよう。
なんて答えたら…。
「そ…
そんなの気のせいだよ。
それにどうしてそこまで…」
「俺は雨霧のことが好きだからね。
だからそれくらいわかる」
そう言って笑う彼。
その笑顔でアタシの緊張も一気にほぐれる。
「あ…」
「別に返事を急いでるんじゃないから。
俺はね、
ただ雨霧の笑ってる顔を見られたらそれでいいんだ。
だからいつも笑っててほしい」
照れたように言う木村くんにアタシもこころの奥が少しくすぐったくなる。
この人は…
とてもやさしい。
そして
アタシはこのやさしい人を欺いている。
「じゃ、俺帰るわ!」
そう言って片手を挙げる。
「あ、挨拶は?」
慌ててアタシが言うと
「どーせまたグチグチ言われるだけだからいいよ!」
そう笑いながら言って走って行った。