---from 龍之介---
今、
自分の隣には雨霧がいる。
長い黒髪が風に揺れて時々俺の腕に当たる。
近くにいるんだ。
俺は改めて確信して
そしてまたそれを不思議に思う。
ふとさっきの彼女の言葉を思い出す。
「先生、
もしもう帰るんだったら一緒に駅まで帰りませんか?」
どうして彼女はあんなこと言ったのだろう。
俺のことを避けているはずなのに。
あまりの情けない俺のさっきの態度にどうしようもないからと思ったのだろうか。
そして木村が言った言葉を思い出す。
雨霧の想い人…。
―「自分と似ていると思った」―
俺は彼女にとってどういう存在なのだろうか。
一番知りたいことなのに。
一番聞きたいことなのに。
聞けないでいる。
今、聞いてみようか。
でもそんなこと聞いたところで
結局また彼女を苦しめることになるのなら彼女を追い詰めてしまうことになるのなら。
聞かないほうがいいのかもしれない。
それでも彼女に避けられていることを納得しきれない自分がどこかにあって…
それならはっきりと雨霧から拒絶の言葉を告げられたら…。
そう、
彼女には木村のような明るくて頼りになる生徒の方が。
俺がさっき彼はいい生徒だと言った時も彼女はその通りだと言った。
ま、俺が言うこともなく当然ってわけか。
ここまで彼女を想い、
でも何も出来ないでいる。
そんな自分が本当に不思議に思えた。
「あの…すいません」
見慣れない学生服の男女が俺たちに声をかけた。
どこの学校の生徒だろう。
年は…
雨霧と同じ高校生くらいか。
女子生徒は明るそうな笑顔。
でもそれとは反対に心配そうな顔をして一緒にいる男子生徒。
道にでも迷ったのだろうか。
女生徒の方がなにかメモのようなものを見ながら聞いた。
「緑ヶ丘公園って…
どこでしょうか?
このあたりにあるって聞いたんですが…」
「緑ヶ丘公園…?
雨霧知ってるか?」
聞いたことない名前に俺は雨霧に聞いてみる。
「さあ、わからないです。
すいません」
「そうなんですか…」
メモを折りたたみポケットに入れながら残念そうに言う女子生徒。
「やっぱりないんだよ」
やっと口を開いた男子生徒にその女生徒は
「面倒なんだったらついてこなかったらよかったじゃないの!」
公園がわからなかったのか機嫌悪そうに彼に当たる。
「あ、すいません」
男子生徒は俺たちに一礼し女子生徒の腕を引っ張って俺たちの側から立ち去ってゆく。
「ちょ…痛いってば!」
負けじと彼女も言い返す。
そんな2人のやりとりと唖然と見送った。
きっと木村と雨霧もあんな風に楽しそうに毎日を過ごしているのだろう。
2人が重なって見えてやりきれない気持ちになる。
「楽しそうで仲良さそうですね…2人」
そう言いながらくすくすと笑う雨霧。
彼女の笑顔を見たらさっきまでのやりきれない気持ちが少し和らぐ。
…雨霧と木村が一緒にいたとしても。
そう、今は一緒に、
2人でいることには間違いないのだから。
いつまでも笑顔の雨霧に俺は聞いた。
「雨霧は…いつも笑ってるね?
どうしてそんなに笑っていられるんだ?」
不思議に思うことを聞いてみた。
両親を亡くしいくら親戚夫婦が引き取ってくれたとはいえ孤独には違いないのに。
「笑ってないとね、
幸せが逃げちゃうんですよ?」
彼女は小さな声で答えた。
「逃げる?」
「そう、
笑った分だけ人は幸せになれるって。
両親が教えてくれたんです」
思い出すように話す彼女。
だから?
ならば俺は甘えているのかもしれない。
結局は
親に、世間に、世界に。
彼女のほうが…ずっと大人だ。
ふっとため息をつく。
彼女は不思議そうな顔をして俺を見てそれから視線を通りの反対側に向けて言った。
「あ、このブランドの店…
こっちにも出店したんだ…」
「え?」
俺が彼女に聞き返すと彼女は慌てて
「あ、えっとなんでもないです」
と両手を振りながら答えた。
雨霧の向いていたほうを見ると若い女性の好きそうな店があった。
「服…?」
夏服は服の色が明るめのものが多いせいかここから見える売り場もとても明るく見える。