何気ない会話なのにそれがにすごく嬉しくて楽しくて。
多分、
他の生徒はこんな何気ない話なんていつも先生としているんだろう。
でもアタシは今日が初めてだ。
「それから木村は…」
先生から
「木村」くんって言われてドキッとした。
「アルバイトを紹介してもらってから…
それからよく話をするようになって」
でもその後のことは何も言えなかった。
言いたくなかった。
木村くんの話になってアタシは途端に胸の奥が痛んだ。
あまり話したくない。
一緒にライブに行ったこと、
好きだと言われたこと。
でもだいたい、
そんなこと先生に言うことじゃないよね…。
聞かれたくない。
隠すとかそんなつもりじゃないけど。
アタシはさっき自分から木村くんの名前を出したことを悔やんだ。
「木村は…いい生徒だ」
先生はぽつんと言った。
彼は生徒のみんなからも好かれてこうして先生からも。
「はい、私もそう思います…」
「これからも仲良くしていけばいいと思う」
え?
アタシは先生のその言葉に何をどう返せばいいのかわからなかった。
先生、どうしてそんなことアタシに言うんですか?
先生、まさか木村くんとアタシのことを?
そんなことは…ないはず。
---from 龍之介---
今、
自分の隣には雨霧がいる。
長い黒髪が風に揺れて時々俺の腕に当たる。
近くにいるんだ。
俺は改めて確信して
そしてまたそれを不思議に思う。
ふとさっきの彼女の言葉を思い出す。
「先生、
もしもう帰るんだったら一緒に駅まで帰りませんか?」
どうして彼女はあんなこと言ったのだろう。
俺のことを避けているはずなのに。
あまりの情けない俺のさっきの態度にどうしようもないからと思ったのだろうか。
そして木村が言った言葉を思い出す。
雨霧の想い人…。
―「自分と似ていると思った」―
俺は彼女にとってどういう存在なのだろうか。
一番知りたいことなのに。
一番聞きたいことなのに。
聞けないでいる。
今、聞いてみようか。
でもそんなこと聞いたところで
結局また彼女を苦しめることになるのなら彼女を追い詰めてしまうことになるのなら。
聞かないほうがいいのかもしれない。
それでも彼女に避けられていることを納得しきれない自分がどこかにあって…
それならはっきりと雨霧から拒絶の言葉を告げられたら…。
そう、
彼女には木村のような明るくて頼りになる生徒の方が。
俺がさっき彼はいい生徒だと言った時も彼女はその通りだと言った。
ま、俺が言うこともなく当然ってわけか。
ここまで彼女を想い、
でも何も出来ないでいる。
そんな自分が本当に不思議に思えた。
「あの…すいません」
見慣れない学生服の男女が俺たちに声をかけた。
どこの学校の生徒だろう。
年は…
雨霧と同じ高校生くらいか。
女子生徒は明るそうな笑顔。
でもそれとは反対に心配そうな顔をして一緒にいる男子生徒。
道にでも迷ったのだろうか。
女生徒の方がなにかメモのようなものを見ながら聞いた。
「緑ヶ丘公園って…
どこでしょうか?
このあたりにあるって聞いたんですが…」
「緑ヶ丘公園…?
雨霧知ってるか?」
聞いたことない名前に俺は雨霧に聞いてみる。
「さあ、わからないです。
すいません」
「そうなんですか…」
メモを折りたたみポケットに入れながら残念そうに言う女子生徒。
「やっぱりないんだよ」
やっと口を開いた男子生徒にその女生徒は
「面倒なんだったらついてこなかったらよかったじゃないの!」
公園がわからなかったのか機嫌悪そうに彼に当たる。
「あ、すいません」
男子生徒は俺たちに一礼し女子生徒の腕を引っ張って俺たちの側から立ち去ってゆく。
「ちょ…痛いってば!」
負けじと彼女も言い返す。
そんな2人のやりとりと唖然と見送った。
きっと木村と雨霧もあんな風に楽しそうに毎日を過ごしているのだろう。
2人が重なって見えてやりきれない気持ちになる。
「楽しそうで仲良さそうですね…2人」
そう言いながらくすくすと笑う雨霧。