目を擦り、もう一度よく見ようとすると、女性は俺の前に回り込んだ。

 女性の顔がようやく見えたけれど、結麻のはずもなく全くの別人だった。色白でハーフのような顔立ちの結麻とは違い、日に焼けた小麦色の頬にはソバカスがある小柄な女性だった。


「ゆまって、忘れられない人の名前?」


 ソバカスの女性は、唐突にそう訊く。

 その人懐っこい笑顔に、女性と話すのが苦手な俺も思わずすぐ返事をした。


「当たり」


 するとソバカスの女性は俺の隣に腰を下ろすと、「Parting tears」を歌った。

 お世辞にも上手いとはいえない。結麻だったらもっと上手いのに。そんなふうに、俺はまた結麻と他の女性を無意識に比べてしまう。結局、誰と付き合ってもうまくいかないのは、こういうことに原因があるのだろう。

 自己嫌悪に陥る前に、俺は女性に質問した。


「その歌は、忘れられない人との思い出の曲?」



 すると、女性は海を見据えたまま、明るい声で「当たり」と答えたのだけれど、その横顔はとても寂しそうだった。
もしかしたら、俺と同じように、どうしても忘れられない昔の恋人がいるのかもしれない。そんなふうに想像した。


「ねぇ、忘れられない人の、えっと、結麻さん? 彼女との思い出話し、良かったら私に聞かせてくれないかな?」


 女性はまたしても唐突にそんなことを云う。けれども俺は嫌な気分にはならなかった。今まで結麻との思い出を、誰にも話したことはない。誰かに話すことで、余計結麻を忘れられなくなるような気がして怖かったのかもしれない。でも、どうしてかは分からないけれど、この女性には話しをする気になった。


 こうして俺は、結麻を本当に好きになったあの日、20年前に遡った――。