「ウチ、鬼は嫌いや。滅するでは気が済まんから、どうすればええやろか?」

輝かしい笑みで、秀明は冬矢に聞く。
冬矢の傷は完全ではないものの癒え、そして山姥を見下ろす。

「さあ、呪えばいいだろ。兄貴はそっちの方が得意だから」

冷めた口調。山姥は二人の男を前に憎しみと恐怖で震えていた。
何よりも、この状況で笑っていられる秀明が恐ろしかった。

「まあ……それもえぇけど、もっと、もっと面白いことはないか? 鬼が殺してくれと泣き喚いて嘆願するような、面白きことは」

陰陽師のそれではない。
秀明の纏う空気は、恐ろしいほどの闇に包まれて、妖怪でさえも震えあがらせる。
妖怪の血が、騒ぎ出す。目の前の陰陽師は危険だと警告する。
いや、目の前の男は陰陽師ではない。陰陽師なんて生易しいものでない。

「……隠しておく。他の奴には見えないように隠しとくから」

「おおきに……」

冬矢の血を元に、紅い氷の壁が作られる。山姥は恐怖で目を見開いた。飛び出んばかりに目を開き、氷の壁を見ていた。
ここから逃げなければならない。逃げてがしゃどくろの元へ行かなければ、殺される。
いや、ころされるではすまない。目の前の男に、この男に……

「う、うわぁぁあぁああぁぁあああぁぁあぁあぁああああぁああああああッ!」

渾身の力で叫んだ。それは悲鳴というには余りに雄々しく、
雄たけびというにはあまりにも悲痛で、
断末魔というにはあまりにも恐ろしい叫びであった。

「じゃあ、遊ぼうか、山姥よ」

「借りはきっちり、返す主義だからよ」

二人の男への憎しみは、もう恐怖にかき消えた。
触れてはいけないものに触れてしまった。
山姥は泣き叫ぶ。その眼からは血の涙が流れ出て、恐怖にただ泣き叫んだ。