冬矢の足が止まった先は、淡い光に包まれる一軒の居酒屋。
昼間は開放的で静かな喫茶店も、夜の顔を見せている。
中に入れば、異形の者のドンチャン騒ぎ。
また深くため息一つ。

「店長、おかえり」

「ただいま」

そんな騒がしい店内で、盆を持った和装の少女が駆け寄った。
茶髪のツインテールにつぶらな瞳は、実際以上に幼く見えてしまう

「何か飲みます?」

「良い。疲れた」

「…………そうですか。残念」

せっかくの誘いを無下にされ、少女は肩をおろす。
あまり落ち込みように罪悪感が起こるも、本当に疲れているのだから致し方ない。
冬矢はばつの悪い顔をしたまま、店内の階段を上って行った。


「あ、おかえりなさい」

「おー……」

二階より上は店員たちの居住空間となっている。
居間でテレビを見ている黒髪の少女に適当に挨拶を返し、自室のある三階へ向かう。

「……臭い」

上がった瞬間悪臭が鼻に入りこんだ。
もう、嫌になる。今日何度目かの大きなため息をこぼし、悪臭のもとへ向かう。

「カラス、風呂入れ」

ふすまを開け、和室で持ちかえり仕事をしている男を睨む。
いきなりの命令に目を丸めるも、自分の体臭を嗅いで納得した。

「ゴミ漁りしてたの忘れてた」

「しっかりしろよお前」

また、ため息。そのため息に身を震わせながら、男は二階へと降りた。
やっともう何もない。ようやく眠りにつけると思い、冬矢は自室のふすまを開けた。

「…………」

「………………おかえり」

本日最大のため息。
自分の部屋であるのに、黒い髪の美女が我が物顔でせんべいをかじり、新聞を見ていた。
部屋を間違えているつもりはないのだろう。

「疲れてるから」

「……了解」

女性はせんべいと新聞を持ったまま自室へと戻った。
冬矢は布団を敷き、すぐにその中に潜りこんだ。眠りに就くのは早く、ものの数秒で夢の世界へと落ちて行った。