「面倒な事ばかり、あいつは押しつける」
闇の中に響く声。深く深く耳に入り込む声。
下駄の音が、カランコロンと甲高く響く中で近づく気配。
「さあ、選べ。滅せられるか、氷漬けにされるか」
耳元に囁かれる言葉。甘い声色を使い、姑獲鳥は目だけを向ける。
口元しか見えないが声からして男だろう。
姑獲鳥は声を絞り出し、答えた。
「アナタガ……ホシイ」
甘い声に誘われた姑獲鳥。
男はクスリと笑い、前に現れた。
闇のように深い黒髪、
雪のように白い肌、
紅い瞳は血の様で恐ろしい。
だが、恐ろしいからこそ美しく、惹かれる。
妖艶(ようえん)な口元が姑獲鳥に近づき、重なる。
柔らかな感覚。ひんやりとした冷たい唇。
その感覚を感じた時に、姑獲鳥は苦い表情を浮かべた。
体の内側に入り込む冷気。それに気付いた時にはもう遅く、肺まで凍っていた。
血を吐き散らし倒れ込む姑獲鳥。その首を男は踏みつける。
「雪女に、うかつに惚れるなよ」
それが姑獲鳥の最期に聞いた言葉だった。
彼はそのあとは夜の商店街を歩いていた。
今頃、姑獲鳥をとらえた男は家に帰っているだろうか。
早く帰ってやれと口を酸っぱくして言っているが、どうも帰りが遅いらしい。
大きく深くため息をついた。
その吐息は冷気となり、また冷たい風が吹いた。
彼の名は雪代 冬矢。
雪女の血を引く男。つまり、人ではない。
元は妖怪として山に住んでいたのだが、異端とされ追い出された。
異端と判断された理由は、人間の血も引いているからだ。
人であって人でない。
妖怪であって妖怪でない。
中途半端な存在が異端と判断されて捨てられた。
そんな彼を拾い育ててくれたこの町の妖怪には感謝をしてもしきれない。
だから、弱い妖怪を守り、道をはずした妖怪を粛清(しゅくせい)すると誓った。
今回の姑獲鳥も道をはずした外道妖怪の一つだ。
一緒にいた男は、またの機会に話すとする。
ともかく彼は大きく伸びをし、帰路へとついた。