「嫗山の昔話?」

「ああ。たまにはちゃんと時間をとって話を聞いてみようと思ってな。いいだろう?」

編集部内でひたすら浮き、関わりたくない人間にわざわざ声をかける秀明の姿に全員が目をむいた。注目を集めるほどにその高級は珍しく、久しぶりに話しかけられた事によって室井のテンションは、一気に上昇した。

「実はですね! 嫗山は遠い昔に口減らしの為に姥捨て山に使われたそうです!!」

「姥捨て山……つまりは、あの山には」

話の冒頭からすでにテンションが周りを置き去りに進める。だあその中にある内容をなんとか秀明は聞き逃さないように食らいつき、その中で気になる言葉を拾った。その反応が初めてであるために、室井のテンションは限界突破。

「そう! 山姥がいるかもしれない! いるはずだ!」

「は、はあ……」

さすがに秀明も内心しらけてしまい、目にそれは如実に出ていた。もちろん、室井はそれに気付かずに話し続ける。
会話開始から一分未満で人を白けさせる会話能力のなさは日本中探してもそうはいないだろう。


「であるので! 嫗山は……あ、あれ?」

マシンガンのように話し続けること、一時間でようやく室井は気付いた。目の前にいるはずの秀明の姿はなく、変わりに置かれたぬいぐるみに、

  ――終電なくなっちゃうので帰ります

と書かれた紙が貼られていた。

「編集長? ……へんしゅうちょうー?」

秀明を探す声は編集部内でかなりむなしーく響き渡った。