深夜。
阿弥樫町は昼間の穏やかな顔を捨てて牙をむく。
幼女が懸命に走って追う者から逃れる。
追うのは血まみれの女。
だがその姿は人ではない。目は血走り、血に汚れた手から鋭い爪が伸びる。
体は血で汚れた羽毛に覆われ、背中に翼があった。
人ではなく、鳥でもない。化け物である。
幼女は小さな足で何とか逃れようとし、路地へ逃げる。
だがその路地へ逃げたのが大きな失敗となった。
「きゃぁっ!」
壁にぶつかってしまった。行き止まり。追い詰められた
追う足音は大きくなってゆく。
その時――
「安心しな、お嬢ちゃん」
男の声が風を割って飛び込んだ。
幼女は声のする方を見上げた。そこには一人の男がいた。
漆黒の髪に同色の瞳。鋭い瞳は足音の方向を見つめる。
そして女が現れた。女は男を視界に入れたとき、血走った眼で睨みつけた。
男は睨まれても鼻で笑って返し、一枚の紙を手に取る。
「姑獲鳥(うぶめ)か……」
紙を女、姑獲鳥に投げつけた。
その紙が額にふれると、男は人差し指と中指を立てて、念じた。
「縛」
瞬間、姑獲鳥の体に電気の様な衝撃が走り、そのまま硬直した。
動きを封じられた姑獲鳥はただただ男を見つめるだけだった。
しかしその眼にこもる感情は、恐れ。その男を恐れていた。
「俺が怖いか? 安心しぃ、もっと怖い奴が現れるわ」
そう言って男はあまりの出来事に呆けていた幼女を抱き抱え、去って行った。
動けない姑獲鳥を待つのは、さらに恐ろしい者。
逃れることのできない恐怖。
それは思うよりも早く訪れた。