「ここが、喫茶『魑魅魍魎』ね」
店の前に白峰は立っていた。カメラを首から下げ、鞄の中には取材ノートとペン。
まずは、店の外観を一枚、写真に収める。
「店の名前にそぐわない、お洒落な店ね。これもまた、女性人気の秘訣かしら……」
ぶつぶつと呟きながら、ガラスがはめ込まれたドアを開ける。
入ってすぐ香る穏やかで優しい匂い。どこか懐かしい暖かな匂い。コーヒーの匂い。
シックで大人びた内装、黒と白を基調にしたテーブルやカウンターすべてが黒と白の世界に包まれている。
「いらっしゃいませ」
そして出迎えたウェイターに白峰は目を奪われた。おもわずカメラを持つ手が滑り、落としそうになる。目はそれでもクギ付けになっていた。ずっと見つめていた。
闇のように深い黒髪、雪のような純白の肌。その中で、一際存在感を持つ紅い瞳。
すべてに見とれた。白峰の厚塗りの肌が化粧を物ともせず色づく。
「は、初めまして……白峰と申します」
「もしかして、取材の方?」
「はい!」
白峰はすぐに鞄を漁る。そして自分の名刺を見つけて冬矢に渡し、もつれる口で自己紹介を行う。と言っても、半分は聞き取り不可能だが。
「えー……白峰、さん?」
「は、はひっ!」
「よろしくお願いします」
二コリとほほ笑む冬矢。その笑顔に白峰は胸を撃ち抜かれる衝撃を受けた。彼女はこの店がなぜ女性人気が高いのか、その大きな理由をその身で知った。
白峰の目は冬矢にだけ注がれる。他は眼中にない。
「あれ、惚れたよな?」
「確実に惚れたね」
「…………また、常連ができた」
カウンターの奥で店員は話していた。はたから見れば誰でも分かる白峰の挙動不審。
こうして店員に一目惚れする客はたくさんいる。烏丸に惚れたり、恭子に惚れたり、洋子にちょっといいなと思うなど。
これが女性人気の原因。それ以外にも理由はあるのだが、それは取材の範囲外の話だ。
冬矢は白峰をカウンターへ座るように言い、カウンターへ戻った。
「みんな、仕事に戻って。何かあったら呼んでくれ」
「かしこまりました」
「はい!」
「……わかった」
取材はすべて冬矢が引き受け、他の店員はいつもと同じ仕事に取り掛かる。そして、白峰は早速と取材を始めた。