「あの、烏丸先生」
授業が終わった後、陽は烏丸に駆け寄る。
呼びとめられた烏丸は振り返り、陽のほうを見る。
「店に行ってもいいですか?」
「寂しいのか?」
「そんなこと……。そんなこと、ないです」
店と言うのは、当然に烏丸の勤める居酒屋。冬矢の店の事だ。
陽は知っている。秀明が陰陽師である事も、妖怪の事も、すべて。
冬矢の店がどういうものなのかも知った上で店には良く通う。昼も夜も。
すずめとは友人であるし、洋子にも烏丸にも冬矢にも父についての愚痴を聞いてもらっていた。
しおらしい陽の姿に烏丸は寂しいのかと聞いた。陽は強くは否定しない。
寂しいようだ。
「ああ、愚痴でもなんでも聞いてやる。冬矢に話を通しておく」
「ありがとうございます」
烏丸は来店を了承し、職員室へと降りて行った。
陽は教室に戻る。そして窓の外の空を見る。
「父さんの、バカ……」
ぽつりと一言つぶやいた。
「憎い。憎いのぉ……」
阿弥樫町を囲む山の一つ『嫗山』その山奥で声が聞こえた。
しゃがれた老婆の声。山小屋から漏れ出るその声は、木の葉を揺らし、山にすむ獣を竦ませる。地の底から這い出してくる悪魔の声。
その声は言った。
「息子を殺した男の血が憎い」
震える大地。声は低く広がり、心弱き者の心を蝕んでいく。
「雪代……冬矢……」
声が告げる憎しみの矛先。それは冬矢。
冬矢に忍び寄る大きく深い影は、今はただ時を待ちながらもゆっくり近づいていた。
ゆっくり、しかし、確実に……。