私は困り果てていた。
右手はタクシーに乗せられた時に、彼に捕まえられてしまった。
暖かな彼の左手。
彼の右手には煙草が挟まれている。
私も煙草を吸おうかとも思ったけど、止めた。
片手じゃきっと上手く出来ない。
手を離したくなかった。

余談だが、私はよく困っている。
不器用で臆病で苦手なものが多過ぎる。
この世界を生きていくのは困難の連続だ。
もっと上手く出来るなら、こんなに悩まなかっただろう。

タクシーの中でこれからどうなるのか考え続けた。
彼はこのまま帰ってしまうのだろうか。
私には考えることしか出来ない。
そんなこと考えたってわからないのに。
車窓から流れてく夜景を眺めていた。

時折、隣にいる彼の横顔をそっと盗み見た。
切れ長の目やすっとした鼻筋や薄い唇なんかを。
たまらないっていうのはこういうことなんだ。
はっきりとわかった。

私は今、彼が欲しい。

一瞬の感情を上手く言葉にするのは難しい。
目の前には、マンションがもう見えてきた。
上手く出来なくても、今日は頑張ってみたい。
もっと彼に触れたい。

それだけだった。
それ以外、何も見えなかった。

彼の手を取って、私はタクシーを降りた。