沈黙を破ったのは栞だった。

「でも、子供じゃないんだから好きだけじゃだめだよ」

栞は諦めたように呟いた。

「自信を持って話せることではないね」

彼に妻がいるなんて。
でも、彼は忘れていた大切なことを思い出させてくれた。
子供の頃の頑なな気持ちを。
私たちくらいの年頃は中途半端だ。
大人にも子供にもなれない。

「学生の頃はもっと簡単だったよね」

「他にすることがなかったのよ」

「勉強は?」

「してた?」

「してない」

思わず二人で声を出して笑った。

「栞に会いたがってたよ」

「冗談じゃない」

栞は顔を歪めて舌を出した。
やっぱり二人が一緒にいたら少し変かな。

「離婚したら会ってもいい」

「一生会えないかもね」

庭は暗くなりはじめている。
日が暮れるのが早くなった。
もうすぐ寒い冬が来る。

「とにかくちゃんと今後のこと話したほうがいいよ」

「今後のこと」

声に出して言ってみる。
なんとなく響きに距離がある。

「ずっとこのままじゃいられないよ」

「万事は流転する、か」

彼を横顔を思い出す。
今は何も考えたくなかった。


店の前でまたねと言って別れる。
栞は愛車のワーゲンで仕事に直行するのだろう。
栞は看護師をしている。
送っていくと言ってくれたのを断った。
一人になりたかった。
出来ることなら今すぐ彼に逢いたい。

栞の言葉はしっかりと刻まれてしまった。
もう見ないふりは出来ない。
風が冷たくてなんだか淋しくなる。
栞はいつも私に優しい。


栞が別れたらと言わないでくれたのが嬉しかった。