栞はいつもまっすぐだ。

実家が近所だった私たちはもう20年くらい一緒にいる。
同じ学校に通い、同じ音楽を聞き、同じものを見た。
そして、違うものをそれぞれに見つけた。
全く不思議だけれど、それでも私たちは共感し合える。

彼のことは違ったみたいだけれど。

「どういうつもりなの?」

「どうって?」

栞は思ったままを私にきちんと伝える。
昔から羨ましく思う。
その勇気を強さを。

「奥さんはどうするのよ?」

どうすると言われても困ってしまう。
栞だったらどうするのだろうか。

「さぁ」

「何も話してないの?」

「奥さんのことを?どうして?」

「必要だからよ」

何が必要なのだろう。
栞は紅茶をぐいっと飲み干す。

ここの喫茶店は紅茶に蜂蜜が付いてくる。
花によって蜂蜜の味が変わることはここで知った。
大きな窓からは手入れの行き届いた箱庭が見える。
今は真っ赤な紅葉が見頃だ。
偶然入って以来、私たちのお気に入りになった。
週に一度は一緒に紅茶を飲みに来る。

「遊ばれてるのかもよ」

栞は意味もなく蜂蜜をかき回している。
機嫌が悪いときの癖だ。
彼とはさっきまで一緒にいた。
栞に会ってみたいと言い、ここまで車で送ってくれた。

「それはわからないわ」

「本気だとは思えない」

「私にはどうしようもないな」

彼と関係を持って1週間経つ。
彼は時間の許す限り私のマンションにいる。
昨日は店にも来てくれた。
飲み会の帰りだと言っていた。

「不倫だよ?」

「彼が好きなの」

ただそれだけだ。
他に理由は見当たらない。
紅茶はすっかり冷めてしまった。
さっきまではとても良い香りがしていたのに。

「おかわり頼む?」

栞は呆れた顔をしてからちょっと間を置いて頷く。
近くの店員に同じものを二つ注文する。

「狡い」

栞は下を向いたまま呟いた。
彼のことなのか私のことなのかはわからない。
でも、その言葉は私の胸の奥に突き刺さる。

「容赦ないね」

確かに。


言い返すことは出来なかった。