教室内は途端に大パニックになりました。
生徒達が口々に思い思いの言葉を口走り、半狂乱の状況。
隣の席の生徒と興奮気味にまくし立てる人、携帯を取り出して私を撮影する人、ホームルーム中なのに家族に電話して今の状況を説明する人、私を見た衝撃で卒倒する人。
ある意味阿鼻叫喚の地獄絵図です。
「ちょっと落ち着け!ホームルーム中だ、落ち着かんか!」
先生が声を張り上げて生徒達をなだめます。
「…………」
あまりの混乱振りに、私はただ呆然とするしかありません。
「落ち着けるかよ先生!」
一人の生徒が浮き足立って色めきだって叫びます。
「歌姫リリム・リリアがうちのクラスメイトになるって!?どんなサプライズゲストだよそりゃあ!」
「俺らこの時点で、人生の8割の運使い果たしてねぇ?」
「あー駄目ね、私達今日の帰り死ぬね!」
話を総合すると、『いい意味でヤバイ』という事らしいです。
…何だか、私が想像していたのとは随分違った反応でした。
尚も混乱は続きます。
「りりむんキターッッ!!」
「何であんなツインテールが似合うの?ウラヤマシス!」
「リリム・リリアは俺の嫁!」
「いんや俺の嫁だね!」
「なにおう!?やんのか斑鳩てめへ! 」
「ジョートーだこの野郎!表出やがれ!」
「おぉっ、いいぞ!斑鳩に今日の昼飯賭けた!」
「じゃあ私は白虎に!」
「ええい貴様ら落ち着かんか!」
何故か賭け試合にまで発展しそうになった教室内を、先生が怒号で鎮圧します。
「いい加減にせんと天空宮学園風紀委員鎮圧隊を要請するぞ!」
思っていたのとは全然違う、騒々しくて殺伐として。
でも明るくて賑やかな教室。
私の生まれて初めての学園生活は、こうしてスタートしました。
ようやく混乱が終息し、私は先生に指示された教室最後方の席に着席します。
「……」
座った途端にチラチラと感じる視線。
クラスの生徒達が、振り返っては私の姿を見ます。
いたたまれません…。
やっぱり私が悪魔だから、ジロジロ見られるんでしょうか。
そんな事を考えていたら。
「あ、あのー…」
私のひとつ前の席の、バニーガールみたいな耳の女の子が振り向いて声をかけてきました。
兎の獣人らしいです。
「ほんとにほんとの、『あの』りりむん?」
「え…」
ほんとにほんとの…って…私の偽者なんて存在するんでしょうか。
というか、『りりむん』って…。
そんなニックネームが世間で浸透している事自体、この学園に来て初めて知りました。
「なぁリリム」
隣の席、お侍さんみたいなチョンマゲにした長髪の男子生徒も会話に参加してきます。
「後でいいから俺の愛刀にサインしてくれないか?鞘でも柄でもどこでもいいからさ」
「愛刀?」
学校に刀なんて持ってきているんでしょうか。
そういえばこの学園には、私が今いる普通科クラスの他にも魔法科、体術科、剣術科、召喚科といったクラスも存在すると聞きます。
それに部活も、騎士部、魔物討伐部、路上格闘部といったスキル向上に繋がるものもあるとか。
このサインをねだってきた生徒も、そういった部活に所属しているのかもしれません。
やがてホームルームが終わり、先生が教室から出て行くと。
「!」
一斉にクラス中の生徒が私の席に殺到してきました。
「すっげー!本当に歌姫だよ!」
「何でうちの学校来たの?」
「至近距離で見ると凶悪なまでの可愛さだな!」
「リリムちゃんといえばトレードマークの鈴の付いたチョーカーよね!」
「うんうん!よく似合う!」
質問とも感想ともつかない言葉が飛び交います。
そんな中。
「リリム、これこれ!」
さっきの侍風の男子生徒が、刀を手にやってきました。
白木の鞘に納められた、値の張りそうな日本刀です。
「ここ、ここの柄の所にサイン頼む。『斑鳩三郎太(いかるがさぶろうた)さんへ』って入れてくれ」
彼…斑鳩君がそうねだった途端に。
「あ!俺の鞄にもサイン!」
「私の携帯にも!」
「僕の靴にも!」
「僕も!」
「私も!」
「俺の婚姻届にも!」
「僕は通学用のバイクに!」
生徒達がまたも私に殺到してきます。
何だか一人すごくダメな要求をしている人もいますが…。
結局次の授業が始まるたった10分の休憩の間に、私は書き慣れないサインをひたすら書き続ける事になったのでした。
騒々しく私に群がるクラスメイト達を、一時間目の授業を受け持つ先生がいらっしゃって着席させます。
…私が編入したこのクラスは普通科。
色んな学科が存在するこの天空宮学園ですが、私は冒険者や天空宮警備騎士団になろうと思っている訳ではないので、一般教養を身につける為のこの普通科に入りました。
国語、数学、社会…教わる科目もごく普通のものばかりですが、これまで教育らしい教育を受けた事のなかった私にとっては、興味深い授業ばかりでした。
と。
「りりむん、まだ教科書ないよね?見せてあげる」
隣の席の人間の女の子が、教科書を寄せてきました。
「ルーズリーフとシャーペン、これ使ってね」
さっきの兎獣人の女の子が、自分の文房具を譲ってくれました。
「リリム、黒板見えるか?見えにくかったら席代わってやるぞ」
大柄な虎の獣人の男の子も親切にしてくれます。
…悪魔だから皆に嫌われていると思っていた私に、クラスメイトの人達はとても温かく接してくれました。
二時間目、三時間目。
授業は続いていきます。
クラスメイトの皆は、退屈そうな顔をして『勉強なんてウンザリ』って言いたげに溜息をついていたけれど。
私はここ数年で、最も充実した時間を送っていました。
この世に生まれ落ちて十数年。
私は、今では断崖歌劇場と呼ばれる崖の上と、下平さんにスカウトされて以降のレコーディングスタジオ程度しか訪れた事はないし、それ以上の知識はありません。
だからこの教室で学ぶ全ての事は新鮮で、驚きに満ちた事ばかりでした。
特に四時間目の世界史は、とても興味深いものでした。
この世界の成り立ち、人間と亜人種との過去の対立と和解、そして友好を結ぶまでの経緯、かつて海を席巻していたという人魚の女王茜ヶ久保マリネの存在、この天空宮市に科学という概念が生まれた事と魔法技術の融合など…。
私が世界中の人々に忌み嫌われ、心を閉ざしていた間に、この世界は急速な発展と進歩を遂げ、その分だけ誤解や偏見、種族差別といったものもなくなっていったのが理解できました。