午前0時のシンデレラ


「変態!! ストーカー!!」


何がこんなに頭にくるのかわからない。


でも、あたしは柳に怒鳴らずにはいられなくて。


何か言おうと口を開いたのに、次の言葉は柳によって止められた。


「…静かにしろって、バカ」


「んー!んんー!!」


いつの間にか背後から口を押さえられ、あたしは必死に抵抗する。


でもそんな抵抗も虚しく、柳はピクリとも動かなかった。



それでももがき続けるあたしの耳元で、柳が呟く。


「…俺は、お前の世話係だから」


―――だから、何だっていうの。


思った言葉を言ったら、悔し涙が零れ落ちそうな気がして、あたしは何も言えない。


「お前の行動は全部、把握する必要があるんだ」


柳の声なんか、聞きたくない。


なのに、



「言ったろ?魔法をかけてやるって」



何で、あたしを掴んで離さないんだろう。



そう思ったときには、遅かった。


「……っ、バカじゃないの…」


いつの間にか自由になっていた口を開くと同時に、涙が頬を伝う。


ただ、悔しくて。


突き放しても、あたしに近づいてくる柳に、腹が立って。


「魔法なんて…いつかは解けるのよ」


シンデレラの魔法は、午前0時で解ける。


その途端、目の前の現実を突き付けられるの。


「そんなの、いらない…!」


普通の生活がしたかった。


普通に学校に通って、友達と遊んで…恋をして。


でもそんな普通のことは、あたしには始めから用意されていなかった。



―――解けてしまう魔法なんか、いらない。


「解けねぇよ」


「…え?」


耳を疑ったあたしは、顔を上げる。


柳はあたしの涙を拭うと、微笑んだ。


「シンデレラの魔法は、解けない」


自信満々にそう言った柳を見て、あたしは瞬きを繰り返す。



相変わらず意味のわからない発言に、何故だか可笑しくなってきた。


「あんた、何歳なの?」


「俺?21」


こんなやつでも、3つも歳上なんだ…


「…変なの」


「おい、何だよ変って。いい男だろ?」


「全然」


「即答かよ!」


苦笑した柳につられて、あたしも笑う。


「…何だ、普通に笑えんじゃん」


急に優しい瞳を向けられ、どきっとした。


…って、何でどきどきしてんの?あたし。


「し、失礼ね。勝手に笑えない人にしないでよ」


顔を背けたあたしに、柳はまだ笑っていた。


その笑い声が、耳をくすぐる。



…解けない魔法なんか、ない。


でも…少しだけなら、信じてあげてもいいよ?





"シンデレラの魔法は、解けない"





その言葉が、あたしの鼓動を速くした。





温かい布団のぬくもりが、心地いい。


「…お早うございます」


「ん~…もうちょっと…」


ごろん、と寝返りをうつと、急に身体を寒さが襲う。


「起きてください」


どうやら布団を剥ぎ取られたみたい。


それでもあたしの身体は、まだ睡眠を欲しがっていて。


「うるさいなぁ…もう少し寝かせてよパパ…」


少し不機嫌にそう言ったら。


「だーっ!! 起きろっつってんだろ!! 俺はパパじゃねぇ!!」


…って、怒声が降ってきて。


「!?」


びっくりして身体を起こすと、はっきりと目が覚めたあたしの目に映ったのは…


「…や、柳?」


「やっと起きましたか」


そう言ってにっこり笑う柳のこめかみに、怒りマークが見える気がする。


あたしもひきつった笑顔を浮かべ、ちらりと時計に視線を送る。

…と。



「―――は!? まだ6時じゃない!!」


信じられない時間に起こされて、あたしは一気に不機嫌になる。


「まだ、じゃない。もう、だろ」


「だって今日休日よ!?」


しれっと言い放つ柳に、あたしは反論する。


休日くらいゆっくり寝てたいじゃない!


…平日もゆっくり寝てるけど。



すると、柳は嫌な笑みを浮かべる。


「…へぇ。夜遊びを棚に上げる気か」


―――う。


言葉に詰まったあたしを見て、柳は勝ち誇ったように続ける。


「真夜中に屋敷を抜け出したお嬢様は、一体何をしてたのかなぁ?」


「…か、関係ないでしょっ!」


…あのあと、少しだけ柳を信じてみようかなーなんて、血迷った考えをしたあと。


屋敷に帰るまでの間、あたしがお店で何をしてたのかしつこく聞かれ、すぐにそんな考えをしたことを後悔した。



やっぱり柳は、嫌なやつ。



「で?こんな朝早くから勉強しろっていうの?」


話題を逸らそうと、あたしは疑問に思ったことを口にした。


「よくわかってんじゃん」


にやりと笑った柳は、そのままあたしの腕を掴む。


「ちょっ、やめてよ!勉強なんか絶対嫌だからね!」


引きずられまいと、必死で抵抗するあたし。


なのに非情な柳は、そのままあたしをずるずると引きずっていく。


「はーなーしーてーっ!!」


柳が突然、ピタリと足を止めた。


「……え、何?」


不思議に思ったあたしが、顔をを覗き込もうとする前に、柳は振り返った。


「お前さ…勉強って何すると思ってる?」


「は?何って…数学とか英語とかでしょ」


答えた瞬間、昨日の数学の問題集を思い出して気分が悪くなる。


すると柳は、にこりと嘘くさい笑みを向けると、またあたしを引っ張りだした。



「大丈夫だ。校外学習だから」


「校外学習って…ちょっと!」


あと一歩で部屋の外に出るところで、あたしは踏み止まった。


柳はため息をついてからあたしを見る。


「だから、数学とかじゃねぇって…」


「違うわよ!服!」


寝間着のままだし、こんなボサボサの髪で外に出るのも嫌!


目で訴えるあたしに、柳は肩をすくめた。


「仕方ない。10分だけ…」


「無理。30分」


「…絶対だぞ」


即答で拒否したあたしに、柳はそう言って苦笑しながら部屋を出た。


パタン、と扉が閉まった瞬間、部屋が静かになる。


「…うざい」


ぽつりと、そう呟く。


乙女の部屋に勝手に入るなんて問題外だし。

朝っぱらから校外学習って意味わかんないし。


会ってからまだ2日しか経ってないのに、振り回されすぎて嫌になる。



嫌なのに、放っておいて欲しいのに。


…なのに、どこかで柳に期待してる自分がいる。



あたしが頼れる人なんか、数えきれるぐらいしかいない。


ただ単純に、"友達"と呼べる人がいないから。


あたしはもしかしたら、柳をその枠に当てはめようとしてるのかもしれない。


「…"友達"って、感じじゃないわよね…」


一人でそう呟くと、急に自分がバカらしくなってきた。


柳を…友達って。ありえない。


友達っていうか、そもそも世話係なわけだし。


「……本当何考えてんの、あたし」


泉さんばっかりだったあたしの頭。


そこに割り込んできた柳の顔が憎たらしい。



ため息をつきながら、タンスから着替えを取り出した。


…校外学習って、何するんだろ。


そんなことを考えながら準備を終えたとき、30分どころか1時間近く過ぎていた。


部屋を出た瞬間、柳に文句を言われたのは言うまでもない…




*‥‥‥‥‥


ガタンガタンと、不規則な振動が身体に伝わる。


横に流れていく景色を、あたしは窓から眺めていた。


そりゃあもう、不機嫌で。


「何だよ、まだ怒ってんのか」


「うるさい。運転下手くそ」


「…泣くぞ」


勝手に泣けばいい。


そうひねくれた言葉を心の中で呟きながら、あたしはぶすっとしたまま外の景色を眺める。


準備を終えたあたしに、柳は散々文句を言った。


しかも嫌みったらしく敬語で。



そのあと柳はあたしを無理やり車に乗せて、屋敷を出た。


車の中で聞かされた内容が、これ。



『外の街を知ること』



それはつまり、あの変な噂が飛び交う街に出るってわけで。


滅多に屋敷の外に出ないあたしにとっては、嫌がらせ以外の何物でもない。


すぐに車から脱出を試みたけど、そんなあたしの行動は予測済みだったのか、ドアにはしっかりと鍵がかけられていた。