部活で残っている生徒くらいしかいなくなった放課後、教室にプリントを忘れたことに気付いた。仕方なく取りに戻る。
教室の中から何かがぶつかる鈍い音が廊下まで聴こえてきた。
不審に思って覗いたドアのガラスの向こうには、男子生徒が自分の頭を壁にぶつけていた。それは西本だった。
あまりにも心臓が跳ね上がり過ぎて次の瞬間停まりそうになる錯覚を覚えながら、ドアを開けるのも煩わしいくらいに慌て西本へ駆け寄った。
「止めろ!」
羽交い締めにして止めると、全く抵抗をせず止めて、一気に体の力が抜けその場に崩れ落ちた。
額から血が流れて、虚ろな眼に入りそうになっているのを袖で拭ってやる。
「西本、大丈夫か? 聴こえてるか?」
「あー……せんせ。なんか凄い頭痛い」
眉をしかめて数回瞬きをしたあと、西本はしっかりと上体を起き上がらせてポケットからハンカチを取り出して額に当てた。
「血、凄いねぇ。なんで? なんでこんなに血出てるの? せんせ、痛いよ」
西本はきょとんとしてはいるが落ち着いている。痛みを訴えられて俺の方が遥かに狼狽した。

病院に連れて行った。骨や脳に異常はないらしく安心したが、巻かれた包帯が痛々しい。
「どうして頭をぶつけていたんだ」
助手席に座らせた西本に問う。
近くに病院があったので救急車を呼ぶよりも自分の車で連れ行った方が早いと思った。
「分かんない。覚えてないの。俺が知りたいよ」
「本当か」
「うん、ほんと」
ちらりと助手席に眼をやると、嘘なんて知らなさそうな瞳があった。
「そうか……」
無意識のうちに走った自傷行為。。原因は言わずと知れている。
「…………あのね、今日、一志が女子と一緒に帰ったんだ。俺、別にホモじゃないと思うんだけどさぁ、一志が大好きだから嫌だった。一志、顔怖いけど結構もてるから彼女出来てもしょうがないけど、彼女が出来たら俺は一志の一番じゃなくなっちゃう。俺には一志しかいないのにさ。酷いよねぇ」
沈黙が気まずかったのか、西本はなかば独り言のようにぼやき出した。普段の二人姿が思い出された。