自分の願望のため、何ひとつ聞きいれようとしない頑さは可哀想なくらい純粋だった。
その純粋さ故に幼い頃から受けてきた暴力を疑問にも思わずに受け入れてしまったのだろう。
責任逃れをしようとは思わないが、西本が本当に死んでほしいと願うのは貴尋ではないか。
暴力で自分を「支配」している絶対的な存在を失うわけにはいかないと本能が拒絶して、憎むべきとは気付かないだけで。そうして溜った感情が、貴尋と離れた拍子に溢れ出して俺に向けられたように思えた。
可哀想な西本を撫でてやりたいと思った。しかし俺に死を迫るその人にそんなことが出来るはずもなく、ただ眼を見つめていた。
不意に誰かがドアをノックして、俺が応える暇もなく遠慮なしに開けられた。
「失礼します」
不機嫌そうな低い声で失礼とは言ったものの、ずかずかと入ってきた生徒の態度はそうとは感じられない。
目尻がはっきりと上がった三白眼の強面、真新しい制服もしっくり馴染む長身の一年生。安藤も俺の受け持つ生徒だ。
「おい、遅かったから迎えに来た。もう帰るぞ」
安藤は西本の二の腕を掴んでやや強引に立ち上がらせた。
並んだ二人は面白いくらい対照的だった。大柄で強面、見るからに無愛想そうな安藤に、小柄で童顔、傍目にはなんの陰のなさそうな西本。
共通点のなさそうな二人が仲が良いとは知らなかった。二人が入学してまだ数時間しか経っていないのだから知る由もないが、意外だった。
背の低い西本は上目で安藤を見つめた。
あの無邪気な視線がいきなりやってきた安藤に奪われたと思うと悔しかった。
何も言わず無表情で少し見つめたあと、迎えに来てくれたのがとても嬉しそうに笑った。安藤は相変わらず仏頂面のまま。それでも西本は嬉しそうだ。
「ごめんねぇ。腹減ったし、帰るか。一志、うちで食べてきなよ。せんせ、もう帰るね。さよなら」
そのままの笑顔で俺に別れを告げた。さっきのことなんて気にもしないというより、何もなかったかのような。俺が死のうが死なないがどうでもよさそうに安藤に寄り添う。
安藤は何か言いたそうな不満げな顔をして俺を見た気がした。しかし軽く頭を下げて、早々に西本と共に去って行った。