長い髪を結い上げて、掃除道具を手に家の中を走り回る

しなければいけないこと、目の前の現実を受け入れ呑み込む

雑巾を絞ろうするが冷たい水が皮膚を刺して、力を込める手がひどく痛む
骨から凍りついてしまったような感覚。

顔を歪めて、ふと視線を上げれば窓の向こうの、庭の七竈の赤い実が風に揺らいでいた



わたしは何を待っているのだろう
前へ進もうと足掻いてばかりで本当に大事なことから目を逸らしている
わたしは何を期待し絶望しているのだろうか
知らず、涙が止まらなくなっていた

冬李。



「風音」
胸を刺すその声に振り返ることができない。
小さな動物のようにからだを丸め、縮こまる
「風音」
さっきよりも少し低い声で冬李がわたしを呼ぶ。
わたしは顔を上げない
冬李が静かに近付いてくる。
こないで。
わたしのすぐ後ろで止まった足音
冬李の声が振ってくる
「顔を上げて」
「い、やです」
「風音」
「いやだ!」
思ったより鋭い自分の声にからだがびくっ、と反応する
「僕は、ずっとここにいるよ」
響いた、冬李の、優しい声
「いいんだ。キミはこれからキミの時を刻む。僕には止められない。キミが幸せになってくれれば、僕はそれでいい「どうして!」
振り返り声を上げる
「どうして、止めてくれないのですか」
今のわたしは、どんな顔をしているのだろう
ひどく、醜いこの感情が。たまらなく憎い。
すべてが憎くて。
冬李の表情がふっと曇る
「僕に、その理由を聞くの」
胸が軋んだ。
「ごめ、なさい」
冬李の顔は歪んでゆく。
壊してしまった、優しいものを

そして、冬李はわたしに背中を向けて消えた
残された部屋で、わたしは涙を流すこともできずただ呆然と、虚空を見つめていた