私が俯き、二の句を継げずにいると、松本さんは屈んで私の顔を覗き込んできた。


「ショックだったかしら? でも、事実よ。」

「……」

「少しの間だけならユウを貸してあげてもいいけれど、余り馴れ馴れしくされると迷惑なの。…まさかあなた、ユウが本気で自分を相手にしてくれていると思っていた?」


 そんな。

 私は力なく頭を横に振った。

 その拍子に肩に掛かっていた髪が流れ、私の顔を包み込むように隠してくれる。

 良かった。きっと私、惨めな顔してるから。

 心から慕っていた飼い主に捨てられた猫になった気分。

 信じていた、愛する世界が足元からガラガラと崩れ落ち、自分が何処に立っているのかさえ覚束ない。

 自分が存在する意味も失くした。

 所在なく、頼りなく、息をすることすら許されない儚いわたし。






 嫌われてはいないとは思っていたけれど、先輩が本気で私を好きになってくれているなんて、思ったことはないわ。

 いつも不安がつきまとっていた。

 彼は罪悪感から私の傍にいるんじゃないか、と。

 彼の腕に抱かれているときも、幸せの片隅に小さな不安がぽっかり口を開けていた。

 いつか、この腕は私から離れて、違う誰かのものになるんじゃないかって。

 本当は、私のものだったことなど、ただの一瞬もなかったんだね。

 


「ユウがあなたの傍にいたのは、一時的な気紛れよ。彼は猫なの。気紛れに人の心を奪っては弄び、振り向かれるとするっと離れていく。抱き締められるのはほんの一瞬。すぐに腕を擦り抜けていくわ。繋ぎとめていられるのは、飼い主の私だけよ」



 不思議と、涙は出なかった。



「あなたのものには決してならない。私がさせない」




 ただ、血の気は引き、身体の感覚は薄れていくのに、意識は飽くまでもクリアに研ぎ澄まされ、心臓の音がいやに大きく響いていた。






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