「知らない。私は気づいたら教会で暮らしてた。親の温もりとか愛なんて知らない。期待を裏切って悪いけど、私は家族の大切さも失うかもしれない怖さもなんて知らない」
だから匠海くんはそれを知ってる人と付き合えば良い。
「いままでありがとう。これからはお姉さんのことだけ考えてあげて」
「刹那、オレは別れたくない。お前が好きだから」
「ありがとう。でも私たちはもう無理だよ。待ってるのもう嫌なの」
さよならと言って教室を出た。
ドラマの様にハッピーエンドになんてならなかった。
匠海くんと別れて、寂しさが消えた。
その代わりに前からいた孤独感が戻ってきた。
その孤独感に慣れるのに時間はかからなかった。
何事もなかったかの様に生活する私を見て、黒崎も萌季も何も言わなかった。
別れたことも当然のことだと顔を見れば分かった。
匠海くんとは学校でも会わなかった。
元々、クラスも部活も帰り道も違う私たちが交わる所なんてなかったんだから。
こうやって忘れていくんだと思った。
そんな時に思いもかけない訪問者が現れた。
「雫さん」
「遅くにごめんなさいね。上がって良いかしら」
10月も下旬、木枯らしが吹いているのに、雫さんは一人だった。
「どうぞ」
中に入ってもらった。
「何かご用ですか?」
一応お茶を出した。
「弟のことよ」
「私はもう関係ないですよ」
「そうじゃないの。匠海はあなたが好きなの。学校でもあなたを見かければずっと見つめてる。恋い焦がれるとはあのことなのね」
「それは突き放されたからの男のプライドでしょう」
雫さんは首を振った。
「匠海は後悔してる。あなたの寂しさに気づかなかったことを」
「もう良いんです。私は普通じゃない生き方をしてきたんですから」
家族は大切とか
家族の温もりとか
本の中でしかしらない。
「鳥が風見鶏に恋をするようなものだったんです」
家族の大切さを知っていれば、もっと匠海くんを分かってあげられた。
「匠海くんは悪くありません。安心してください」
「これだけは分かっておいて欲しいの」
雫さんは私に
「匠海はいつもあなたと家族になりたいって言ってたわ」
それだけ言って帰って行った。
家族になりたい。
それって…
でもその後のことは考えないようにした。
落ち着かなくて、外に出た。
行き先の宛もなく歩いていると、足と言うものは自然に自分の巣に戻る帰巣本能みたいなものが働くのか教会に来ていた。
あんなに出たいと思ってたところなのに
礼拝堂はいつも鍵がかかってないからドアを少し開けて中に入った。
冷えた空気が気持ち良い。
椅子に座って、奥に飾られているキリスト像を見る。
「あれが父なんてどうしても思えないし」
「あなたはそうでしたね。刹那」
声のする方を見ると
懐かしい顔があった。
孤児院の院長先生。
「ご無沙汰してます」
「ここを出てから一度も戻って来なかった子が、来たと思ったらこんな真夜中に」
「すみません…」
「どうかしましたか?あなたは考えことがあるといつも部屋を抜け出してここに来てましたね」
「初めて失恋したので…気を鎮めようかなって」
「違うでしょ。あなたは自分は人と違う。親のいないというだけで自分と他人の線を引いてしまう子です」
ずっと私を見ていただけあって、院長先生は私の心を見抜いている。
「親がいないから自分のしていた恋は間違っていた。自分はまともな恋はできないと確認にきたんでしょ」
「先生」
「刹那、どうしてあなたは自分を卑下するんですか?私たちはあなたをそんな子に育てたつもりはありませんよ」
「だって分からないんです。彼が家族を大切にする理由が」
ここでも誰かが病気になってもそれ程心配しなかったし、されなかった。
「刹那、それは違いますよ。あなたは知りすぎているのです。わかるから失うことを先に考えて幸せから逃げようとしているのです」
院長先生が私を強く抱きしめた。
「刹那、お父様とお母様が命をかけて守ったあなた。あなたの記憶はなくても身体と魂は家族に愛されることを知っている。刹那、あなたにはあなただけの家族がいます。刹那、あなたは恋をして良いんですよ」
院長先生がそっと耳元で囁いた。
顔を上げると、院長先生は優しく微笑んだ。
「刹那…
ドアの方を見ると、匠海くんがいた。
どうして
ここにいるの?
ここのことは誰にも言わなかったのに。
「彼はあなたを愛しています。あなたの小さい頃の話しを聞かせてほしいって何度もここに来たんですよ」
院長先生が私の背中を押した。
「匠海くんどうして?」
「お前を知りたかったから。オレはずっとお前の表だけ見てた。強い女だって思ってた」
「…」
「違うんだよな。お前はずっと、一人で寂しかっだな。ここにいても」
「私は大丈夫だよ。どうしてそんなこと言うの」
「大丈夫じゃない。刹那、素直になれよ。寂しいって言えよ」
「言えるわけない!ここではみんな同じだもの、みんな寂しいの我慢してるの!そうやって育ってきたんだから」