「刹那(せつな)、ごめん。この埋め合わせは必ずするから」
「うん」
埋め合わせ。
一体どの埋め合わせのことを言っているのだろう。
今日だって埋め合わせだったはずなのに。
「じゃあな」
付き合って半年になる彼氏、双真匠海(そうまたくみ)くん。
彼と二人で過ごした時間は合計で一週間もないように思える。
ふたりきりになると、必ず彼の家から連絡が来て、双真くんは帰って行く。
匠海くんの一つ上のお姉さんは生れつき身体が弱くて、よく熱を出して学校を休んでいた。
その度に匠海くんが付き添っていた。
別に二人きりの姉弟じゃない。
お父さんもお母さんもおじいちゃんおばあちゃんもみんないる。
それなのに匠海くんは、お姉さんの元へ走る。
家族のいない私にはよく分からない。
姉弟でも余り似てない二人。
匠海くんは切れ長の涼しげな目が印象的な男の子。
背も高いし、成績も良いし、運動も出来る。
性格はちょっと口が悪くて、荒い。
女子は皆、彼を素敵だと騒ぐ。部活ではサッカー部のグラウンドに人だかりが出来るくらい人気がある。
雫さんはおっとりしていて、誰もが振り向くような可憐という言葉がよく似合う。
そんな二人が廊下を歩いていると、姉弟と知らない人達は恋人だと思っても疑わないだろう。
どうして、匠海くんは私に告白なんてしたんだろう。
クラスも違うし、部活も違う、生徒会でたまたま一緒だっただけ。
その時に、ちょっと会話して喧嘩したら
半年前に告白された。
匠海くんのことは嫌いじゃなかったし、必死な匠海くんの告白を無下にできなくて頷いた。
お姉さんが大事なら告白なんてしない方が良かったんじゃないのかと思ってしまう。
埋め合わせも
キスも
何も恋人らしいことしたことがない。
匠海くんが食べたいと言うから作った食事も一人じゃ食べれきれない。
お弁当に詰めて明日のお昼にまわそう。
一人暮しだから贅沢はできない。
私には家族がいない。
生まれてすぐに両親は事故死。
残った私は教会の孤児院で育てられた。
高校に上がるとき、足長おじさん的な人が現れて、その人の道楽のおかげで今の学校に通っている。
そうでなきゃ、私立になんか入らない。
援助の条件は成績はトップを維持すること。部活、生徒会活動にも参加すること。
だから勉強は頑張ってる。
そうすれば大学まで援助してもらえる。
生活費までもらって勉強できるんだから。
勉強しているだけは匠海くんのことを忘れられた。
そんな私には家族の大事さとかがよく分からない。
(教会では主が父だとかなんとか言われ続けてたけど、
んな馬鹿なみたいな感じな子は結構いた)
唯一残っている家族の写真を見ても分からない。
そんなにお姉さんが大事ならお姉さんと付き合えば良いのに。
七夕祭も約束してたのにキャンセルされて、次の日友達と歩いてたら、浴衣を着たお姉さんと歩いてた。
唖然とそれを二人で見た記憶はまだ新しい。
現代、倫理感なんて有ってないようなもの。
平安時代は姉弟間での婚姻は認められていたんだし。
言わなきゃ良いだけのこと。
事実とは小説よりも奇なりというように、近親間での恋愛は盛り上がる。
私はそれの隠れみのなのかもしれない。
私の頭は相当いかれている。
頭を冷やそうと冷水を被った。
案の定、次の日風邪をひいた。
熱が高くて、寒気もして鼻がグズグズする。
学校には休むと連絡もした。
学校の友達から心配するメールが来た。
弱っている時のメールって涙腺が緩くなる。
匠海くんからもメールが来た。
風邪をひいたと返信すると
「一緒にいてやれないけど、あったかくしてろよ」
家族じゃないと一緒にいてくれないんだ。
緩んだ涙腺が一気に冷めた。
血の繋がりってそんなに大切なんだろうか?
私って何?
誰とも繋がっていない、私に価値なんてあるんだろうか?
痛み出した頭では何を考えても暗い方に落ちていく。
考えるのを止めて、私は目を閉じた。
目を覚ますと人の気配を感じた。
「目が覚めたか?」
「秀一?」
同じクラスの黒崎秀一がいた。
秀一は小学校の頃、一緒だったけど中学の時に私立に行ってしまった。
高校になって再開した時、記憶の中の秀一と同じで目つきが悪くてすぐに分かった。
「何?勝手に入ってんの?」
「管理人さんに入れてもらった。風邪ひいてる時に一人じゃ心まで弱っちまう。母ちゃんがおかゆとりんごと湯たんぽ持ってけって。あと、姉ちゃんのは…治ってからみてくれ」
「おばさんたちにまで迷惑かけるなんて」
「良いんだよ。二人共、お前の世話を焼きたいんだよ。おかゆ食えな、りんごするか?」
黒崎のおばさんの作ってくれたお粥は卵が入ってて美味しかった。
お母さんの味ってこんな感じなのかな?
「おいし…」
「そうか。湯たんぽも作ってくるな」
秀一に色々してもらっているうちに随分、らくになった。
「ありがとう。明日は学校行ける」