夏休みはあっという間に来た。
毎日暑い。
私と匠海くんは相変わらずで、埋まらない溝はどんどん深くなって行ってる。
深すぎて底が見えない。
私は今年の夏休みは、今までとは違うことをすることになるために準備で大忙しだった。
「えー刹那ちゃん夏休み中いないの?」
「うん。ちょっとした交換留学みたいなものだから」
「お祭りいけないじゃん」
「ごめんね」
「うんん。秋にもお祭りあるからそっちには行こうね」
「うんありがとう」
「いつ行くの?」
8月3日だよ。
「じゃあ誕生日だけはしようね。あ、でも彼氏と過ごすよね?」
「どうだろう?来なかったらメールするよ」
萌季(もえぎ)は少し眉を寄せて、
「双真さいてー」
と言ってくれた。
私のことを思ってくれる友達がいることが純粋に嬉しく思えた。
8月2日からは地方の学校と交流会ということで、夏休み中向こうの学校で過ごすことになっている。
地方は夏休みはお盆過ぎまでという学校も多く、向こうの学校生活も体験することになる。
戻ってくるのは8月31日。
そして8月1日。
前もって会えるか?
と聞いたら匠海くんは会えると言ってくれた。
だから、今は目の前にいる。
「凄いな、やっぱりお前料理上手いな」
一応自分の誕生日だからとは言えなかった。
何となく予感がした。
電話がかかって来ると。
ねぇ、君は今日が私の特別な日でも帰って行くの?
そして彼のケータイが鳴る。
「もしもし…」
私の心も知らず匠海くんは電話に出る。
「分かった、すぐ帰る」
ケータイを閉じて立ち上がった。
「悪い。帰るな」
私は最後の賭けに出た。
「今日だけ一緒にいてくれないの?」
これで何もないなら私はもう期待しない。
「ごめんな。姉ちゃんの具合が悪くて」
そして彼は出て行った。
不思議と悲しいとは思わなかった。
こうなると分かっていたから。
「萌季、今ひま?」
私は萌季に電話をかけた。
匠海くんのことは考えたくなかった。
ご飯を食べながら、萌季が持ってきてくれた、愛のカタストロフィを見た。
百合乃と和雅が別れて数年後、
和雅は百合乃のことを思いながら暮らしていた。
そこにシングルマザーになった百合乃が現れる。
弁護士になった百合乃は、和雅さの会社の顧問弁護士として働くことになる。
百合乃に迫る和雅はあっさりとあしらわれる。
それが三話ぐらい続いている。
今日は、
偶然、娘のこと花(ことか)が和雅と出会ってしまところから始まった。
愛らしい百合乃の娘に和雅は驚いていた。
「オレの子だよな」
「こと花に父親はいないわ。あなたは父親じゃない」
「でも…」
食い下がる和雅に
「例えばあなたが父親だとしてこと花に何をしてくれるの?」
と百合乃が聞いた。
「一緒にいて、何でもしてやる」
「妹さんからの電話を受けても?」
「っ…」
ここで和雅が息を止めたような仕種をする。
「こと花にまでそんなことをするなら、許さない。こと花を一番に考えてくれないなら父親はいらないのよ」
と百合乃は和雅の肩を押して行ってしまった。
場面は変わって、こと花が幼稚園で遊んでいるシーンへ移る。
そこに一人の女が近づいて行く。
和雅の妹・雅美(みやび)だ。
そこで話しは終わった。
「あの妹、娘をさらうね」
「そうだね」
「和雅があそこで、吃るのが腹立つぅ」
「ねぇ」
女としてはあそこで否定して欲しいものだ。
匠海くんも同じことしてる。
彼との将来は望めないと思った。
私は匠海くんを諦めた。
姉の具合は朝には良くなった。
熱が出ていたが下がって、顔色が良い。
「ごめんね。いつも…」
「気にすんな。具合が良くなって良かった」
姉は小さい頃から、身体が弱くてよく熱を出していた。
入退院も何度も繰り返して、命の危機に陥ったことがある。
家族全員が姉を愛している。
だから何かがあればみんな帰ってくる。
姉のことを見守る。
そのかいもあってか、姉の体調も落ち着いてきている。
高校も一年留年したが通える日も増えてきている。
「刹那ちゃんに悪いことばかりしてるわ…」
「刹那は分かってくれる。あいつも家族を亡くしているんだ。家族の大切さは分かってるはずだ」
「夏休みは刹那ちゃんのために、使ってあげなさいね」
「うん」
本当に刹那にはすまないと思っている。
付き合っているのに恋人らしいことを少しもしてやっていない。
それでも何も言わず、次の日には笑顔で迎えてくれる。
その健気さに助けられている。
昨日も、途中で帰って来てしまった。
今日は、朝一にあいつに会いに行こう。
そして一日を過ごして刹那を甘やかしてやりたい。