それは、尊敬する先輩医師に向かって言うような口調ではなかった。

ぶつかる視線は一瞬だけ火花を散らす。

しかし、すぐに互いに笑顔を見せ、軽く会釈すると聖は部屋を出た。

後ろ手にドアを閉め、軽く溜息をひとつ。

早乙女に関して心が波立つのは、黎と陽央のせいばかりではない。

妻の元婚約者という立場にある彼が、まだ独身である事が最大の理由である。

「…心が狭いな」

人間としての器がまだまだ成っていない。そう心の中で呟きながら、医療センターを後にした…。





その日、黎はとても元気がなかった。
 
いつもは朝から明るい笑顔で動き回り、ハキハキと受け答えするのに、今日はどうしたことか、どんよりとした暗い表情で、朝食の準備を手伝っていた。

「…どうしたの?」
 
心配になった李苑が訊く。

「えっ、ううん、何でもないよ」
 
と返事を返すものの、やはり暗い表情は変わらなかった。

「行って来ます…」
 
いつものように弁当を持ち、玄関を出て行く。
 
パタン、と扉が閉まってから、見送った李苑と陽央はその理由が分かり、「ああ~」と声を漏らした。

「乃亜ちゃん、週番なのね…」
 
いつも迎えに来る乃亜が来ない。そういえば先週末、「来週週番で迎えに来れないからね」と乃亜が言っていた。

「…分かりやすい子」
 
陽央は呆れてそう言った。