生まれながらに奇術を使う事が出来たこの姫を戦の時に利用しようと企てる者も数多く、また姫の奇術を恐れて抹殺せんとする数多の魑魅魍魎…この御方の周りには敵が多過ぎる。


実際に今日この日まで、何度も各国の大名達が月千代を巡り戦をしてきた。
(正確に言えば、月千代の生まれ持つ力を狙って、だが)

力尽くで奪われる時も在れば、醜き人間共は己の命惜しさに月千代を生贄の如く捧げた時もあった。その結果、月千代は数多の城にたらい回しにされ、行き着いたのが藤間吉次郎と名乗る者が主の弦鵞城だった。

…その弦鵞城こそ今の月千代にとって牢獄であり、籠の中でもある。終わる事のない自由のない生活に縛られて生きてきた月千代を、珀火は月千代が産まれた時からずっとその眼で見て来ている。

(それ故、時に思う。この方に、安息の地など在ろうものなのか、と)




「珀火。我は…“人”と、呼べるのだろうか?」

「…姫様、お戯れも程々にして頂きませんと」

賊が参ります、と珀火が言い終わるよりも先に、襖が勢い良く開いた。




「ここかい?噂の姫君とか言う御方がいらっしゃる場所は」

現れたのは真っ黒な布で口元を覆い隠した人間だった。燃えるような赤髪がゆらゆらと風に揺らしながら漆黒の瞳で月千代を見据えていた。
顔は良く解らないが背格好や声からして、とりあえず言える事は若い男と言う事だけだった。