「ぞ、賊じゃ!!皆の者、出合え!!出合え!!」


何やら襖の向こうが騒がしい事に気が付いた月千代(ツキチヨ)は、そっと目を伏せ、読み掛けの書物を閉じた。


「人の心は虚ろい易く、人の世も又、それに同じく……全く、哀れなものよな」


ぽつり、と月千代が呟いた言葉に返事を返すかのように、ゆるゆると尾を揺らす白狐が一声鳴いた。




「珀火(ハクビ)、主もそう思わぬか」


そう問い掛ける月千代の視線の先に、先程まで居た白狐はおらず、代わりに白銀の髪を揺らす女子が月千代の前で膝を着いていた。
見た目からして、歳は25程であろうか。姿形は変われど、それは確かに先程まで白銀の尾を揺らしていた白狐だった。




「姫様…今は業が渦巻く乱世、致仕方が有りませぬ。お嘆きされまするな」

「御主のように五百近く生き永らえれた者にしてみたら、このような乱世など何とも思わぬか」


月千代からの嫌味ともとれる言葉を聞いた珀火は目を細ませ、口元は宙を描きながら月千代を見た。





「過去も現在に起こる乱世も、この珀火にしてみれば人の業が渦巻く醜き世に過ぎませぬ」


「それは姫様自身も良くお分かりに成られているかと思いますが?」と、話す珀火に今度は月千代が目を細めた。



「稀に御主は、人間よりも酷よな」

「…私は“化け狐”で御座いますから」

「ならばその化け狐に見守られて育った我は、差し詰め妖怪と言ったところか」


相変わらず騒がしい襖の向こう側を気にする様子もなく、静かに笑みを零すその姿を他者が見ていたとしたら、この月千代に誰もが魅入られたのであろう、と。珀火はその傍らで人知れず思った。