襖を開けた先には広間があり、その更に奥にはきらびやか服を着た吉次郎(キチジロウ)と吉次郎の側室の桔梗(キキョウ)が寄り添うように座っていた。
月千代と珀火が膝を着いて顔を上げようとした瞬間、
「遅い!!!化物の分際で儂(ワシ)を待たすとは何様のつもりだ!!」
と、一喝され、更に吉次郎は持っていた扇子を月千代に向かって投げ放ってきた。
間一髪の所で月千代はその扇子を受け止め、床に叩き付けた。…最もそれは、扇子が飛んでくる事が解りきっていた月千代にしか出来ない芸当だったが、
「吉次郎様、危のう御座いますよ」
どうやらそれが吉次郎の神経を更に逆なでしてしまったらしく、吉次郎はズカズカと月千代の元まで歩いて来て、金銀で飾られた指輪が付いている手を大きく振り上げた。
「えぇい、黙れ!!小生意気な化物め!!!」
「ふふっ…吉次郎様、そのような人間とも知れぬ汚らわしい化物に吉次郎様自らがお手を上げる必要など在りませんわ」
吉次郎様のお手が汚れてしまいます、と月千代が殴られる寸前に桔梗が発した言葉に吉次郎は耳を傾けると、その振り上げた手を下ろした。その代わりに月千代が叩き付けた扇子を引ったくるように取って、また定位置へと戻って行った。