二月の事始めの日には、戸口にざるを飾る。
山から下りてきた一つ目小僧が、ざるの目を目がたくさんあるのだと勘違いして、怖がって逃げていくのだという。
そう教えてくれたのは、汐祢だった。
何を馬鹿なことを。
そう思ったことをよく覚えている。
一つ目というのは山の者への蔑称だ。
事始めの日に、里の者たちは魔よけのざるを飾って、山の者たちが里へ降りて来ないように祈っているのだ。
汐祢に出会った当時、既に自分は片目が見えていなかった。
里の風習に腹を立てた自分の前で、汐祢は静かに笑った。
その年の事始めの日、境屋敷にざるが飾られることはなかった。