・・・・絶対、他の受付嬢には話せない話である。何だかわからないが、早く会社から出たかった。早足で銀座の街を通り抜け、チョコレート屋さんの前を通り過ぎてあわててひきかえした。「危ない危ない・・・これ忘れたら、妹たちに泣かれちゃうわ。」イネは、いつもより、一回り大きなチョコレートの箱を選んで買って帰った。・・・何の意味もないが、なんとなく、気分が良くて、たくさん買ってしまったのである。
 ・・・秋の有栖川公園に夕飯時の声が漏れている我が家についた。「うわあ!イネちゃん。今日のチョコレート大きい!」「ホント!大きい大きい」
母も覗きこんで「どれどれ、まあホントだ。どうしたのイネちゃん。」「・・・それしか売ってなかったの。」どうした?って聞かれても、自分でもわからないのだ。とにかく気分が、とっても良くて・・・・。
食器を洗っているイネのそばに母がきた。「イネちゃん。何かあったでしょ。」「何にもないよ。ただ・・・」「ただ?」「引き抜かれたの。仕事が認められて引き抜かれたの。来年、一緒に来ないかって・・・」「・・・で、どうするの?」「・・・どうしようかな・・・」「素敵な人なのね」イネの顔がジュっと音が出そうな感じで歪んだ
・・・図星である・・・母は、引き抜かれた話より、イネがその男性に好意を抱いている事を見抜いていた。「・・・ま、人気があるって言えばあるし・・・どうかな・・・よく、わかんない。・・・仕事のことは、お父さんに聞いてみないと。」「そうね・・・」
母は優しく笑って食器をふきはじめた。イネは、黙って食器を洗い続けた。自分の心臓の音がいつもより大きくきこえる。母にも聞こえているだろうか・・・・その晩は、父には話さずはやく床につくことにした。