平穏無事に今日も定時を迎えた。「あ~急がないと、約束におくれちゃうよ・・・」
「お給料もでたし、みんなで食事にいくけど、田島さんどうする?」「・・・あ・・私は今日は遠慮しておくわ。片付けしとくから、先に帰っていいわよ。」「・・・おお!ありがたい!」「じゃ、お言葉に甘えて・・・お先に・・・」・・・給料日には、イネのチョコレートを妹たちが待っているのである。受付カウンターの片付けをしていると、ゆっくりとした皮靴の音が近づいてきた。「おつかれさま」「・・・あ、一条さん。お疲れさまです。」すぐに通りすぎると思い、イネは受付カウンターにもぐって片づけを続けていた。
・・・ふと、視線を感じ受付カウンターから顔をのぞかせると、凛とした姿で一条が立っていた。「・・・なにか・・・」「あ、いえ、よく働くなあと思いまして。」「・・・貧乏性の性分なんです。いつでも何か働いてないと落ち着かないんです。」「・・・ハハッ・・・それはいい。・・・君に、急にこんな話するのも、変なんだけど。」「・・・。」「3か月後に、また、別の会社に引き抜かれているんだ。こんどは、代表取締としてなんだけど、たぶん、行くことになると思う。」「・・・・。」無口なイネは当然、黙って聞いているだけだ。
「できれば、君に一緒に、次の会社で頑張ってもらいたいんだ。・・・僕の秘書として。」
「・・・・ええっ!ひ、秘書・・・一条さんの?私が?」「・・・君ほどキチンと仕事をこなす女性はみたことがない。必ず、次の会社を成功させるから、日本を動かすような企業にする自信があるから、・・・一緒に来てくれないか」
・・・・ほんの一瞬の会話だったのかもしれないが、イネはめまいで倒れそうだった。
「じゃ、考えておいてくれ。・・・前向きに・・・」「・・・はい。」・・・一条の眼差しは野心で鋭く光っていて、野生の獣のようだったが、それがまた、たまらなく素敵であった。