ナオの携帯番号を押した。

無機質なコール音が耳の奥でゆっくりと鳴る。

早く出てほしいようで出で欲しくない。

ふいにナオの穏やかな表情が私の脳裏を横切った。

本当にいいの?

ナオを傷つけてまで、断っていいの?

一瞬私の中で最後の迷いが生じた。

「はい・・・ハル?」

コール音が急に途切れて、耳の奥に優しいナオの声が入ってきた。

「うん、私。」

「今両親と合流して、これから待ち合わせ場所に向かおうと思ってたとこ。どうかした?」

ナオの声は妙に冷静だった。

「あのね。ナオ。私、こんな時に謝らないといけない。」

少しの沈黙の後、ナオの声が響いた。

「やっぱり今日は無理なんだね。」

先に言われちゃった。

「うん、ごめん。」

「わかった。残念だけど、僕もこれ以上はハルを無理強いできないから。」

ごめんね。

本当にごめんね。

ナオは軽くため息をついた。

「これって、もう僕が完全に振られたと受け止めていいのかな?それとも、今日だけの断りとして受け取ったらいい?」

穏やかなその声は、とても我慢していた。

今にも感情的にはちきれそうなほどの、色んな思いを押し殺して。

「ごめんね。本当はちゃんとナオの顔見て言わないといけないのに。」

「完敗か・・・。情けね。」

「ナオには感謝してもしきれないほどに、素敵な時間を過ごせたと思ってる。だけど、どうしても私の中で結婚までの答えを出せなかった。」

「答えを出せないって、全く、二人の間に愛を感じなかったってことかな。」

「うううん。愛を感じた時もあった。だけど、愛を感じても結婚するっていう感覚が私にはどうしても感じれなかったの。ナオは全然悪くないし、私の優柔不断さが今日までナオを引っ張ってしまった。情けない人間でしょ。ナオには私なんかよりもっともっと素敵な女性がいるはずよ。」

「そんなこと言うなよ。」

初めて聞くナオの声色だった。

少し怖いくらいに、その声は強い響きを持っていた。