タツヤの口元がわずかに緩んだように見えた。

「おつかれさん。」

タツヤは壁にもたれたまま、右手を挙げた。

私も少しだけ笑って右手を挙げた。

そして、タツヤのそばまでゆっくりと歩み寄った。

「遅いね。」

タツヤが私を見ずに言った。

「うん。」

私はうなずいた。

何も言えない。

言葉が出てこない。

しばらく二人の間に沈黙が続く。

「もう誰かから聞いたかもしれないけど、俺実家に帰るよ。」

「実家でどうするの?」

「まだ何も。」

「そう。」

私はタツヤと並ぶようにして壁にもたれた。

「ねーさんには色々と世話になったよね。こんなしょうもない後輩の相手してくれてありがとね。」

どうしてそんなこと言うの?

お世話なんてしてない。

しょうもない後輩だなんて思ったこともない。

あふれそうなほどの思いがうずまいているのに、胸の奥が詰まって何も言えない。

「ねーさん、幸せになんなよ。」

目の奥が熱い。

いやだ。

そういうこと言ってほしくない。