《ミキ》

アツコがどこかに行ってしまった。
だけどそのことに気づいてる――いや、確信しているのはあたしだけで、クラスのみんなはアツコはただ風邪か何かで学校を休んでるだけなんだって、そう思っている。

でも、違うんだ。
アツコは風邪なんかじゃない。
学校にいないだけじゃない。
もしかしたら、この世界からいないかもしれないんだ……。

でもそのことに気づいているのはあたしだけ。
証拠も何もない。
だから、こんなこと言ったって、誰も信じてはくれない。

予鈴が鳴って、今まで好き勝手に騒いでいたクラスメイトたちが慌ただしく席に着き始めた。
そんなやつらの一人である高崎航は、あたしの一つ後ろの席に座ると、あたしの背中をちょんちょんとつついてきた。
「……何?」
「いや、さ、ちょっと」
そう言って、コウはあたしの右隣の席をちら、と見遣った。
アツコの席だ。
「斎藤さ、今日も来てないの?」
「今日もって言うか……別にそんなに休んでるわけじゃないじゃん。二日だよ? 何でそんなに心配してんのさ。ただの風邪だって」
「ま、まあそうなんだけど……」
あたしの言葉に、コウは気まずそうに目をそらした。
あたしは知ってる。こいつ、アツコのことが好きなんだ。
それで心配してる。でもそういう気持ちをあたしには知られたくなくて、でもアツコのことは気になって……で、そんな態度をしちゃってるわけだ。
……ははーん。コウも意外とかわいいやつなんだなぁ。
あたしはそんな風に思って、くすりと笑った。
「なっ、何だよ桜井」
「いっや~別に? ほら、先生来たよ~」
あたしが言うと、コウはそれ以上何も言わなかった。

担任が教室に入ってきて、つまらないホームルームを始める。
暇だ。
来月にある体育祭の話をしているらしいけど、あたしは興味がないので担任の声を頭からシャットアウトした。
沈黙。

あたしはそっと、誰もいない隣の席を見た。
本当ならいるはずの、アツコの席。
だけど、今はいない。
「……っ」
――突然、何だろう、寒気のようなものがあたしを襲った。
それはあるいは不安……なのかもしれない。

アツコ。ここにはいないアツコ。
みんなはそれに気づいていない。
あたしだけが、「それ」を知っている。