「ハ~イ! オジョサン! 安イヨ~!」

「くぁんと こすた くぇーすと?(これいくらですか)イタリア語はできるんだ」

「親方~このコ、可愛いのに値切ってきそー」

「リカルド!ボスと呼べ! バカ!」

日本人らしい二十代半ば位の女性は、ローマ教皇のお膝元あたりの屋台前で、クスクスと笑った。

「お前、半分スパニッシュだからって昼寝すんじゃねーぞ!」

女性はクスクス笑って屋台からふたつの銀細工のペンダントを選んだ。

お! と親方がリカルドの肩をバンと叩く。

女性がびっくりしていると、リカルドが
「感動だ!」

と大げさにジェスチャーをしてみせた。
「ねえ。どうしてリカルドが感動してるの?」

「これはリカルドが作ったペンダントでねぇ。こいつは彫金師見習いさ」


ペンダントは一枚の羽根を型どり、細かい模様が施されていた。

「あとふたつしかないわね」

「うーん。在庫もなくてね。お土産?」

リカルドが申し訳なさそうに言うと、親方が名前を裏に彫るサービスとディスカウントを持ちかけた。

「買うわ! ふたつ」

「名前は?」


親方に聞かれ女性は
『サクラ』と『リカルド』と答えた。


「え? 」

親方が目を丸くする。

「私、今日帰国なの。もう会えるかどうかわからないし。ステキなペンダント、手作りなんでしょ? 一個一個違うじゃない? だから今の記念にリカルドに買うの!」

「ぐ、ぐらつぃえ……(有難う)」

「旅行者とペアじゃ嫌?」

「嫌じゃないよ。あ、サクラ、これオマケ」

リカルドが瑞々しい果実をサクラに突き出した。

「ん? おいしそうなオレンジ! 」

「今朝、実家の果樹園からいっぱい届いたんだ。あとで食べてよ」

「ありがとー! リカルド! ボス」


小走りに寺院に駆けてゆくサクラを、リカルドはずっと見送っていた。


リカルドは
かつてのケルビムは

胸の中で呟く。
サクラ、いやサキは傷心旅行か。

これから人間として。
思うさま愛し憎み、赦し忘れ。

そしていくつもの恋をするんだよ。

サキ……。

バチカンの空の下、堕天使はもうひとつ出したオレンジにナイフを入れた。