友達の枠から越えてしまう……。
「お友達から恋人になってもおかしくないと思うの。」
私は、三井さんを意識してるの?
三井さんは私が好きって……信じていいの?
「告白されてから意識しちゃう事もあるのよね。好きって言われてその人を見るたびに追いかけちゃって、その人しか見えなくなっちゃったりね。」
お母さんの横顔はどこか遠くを見ていてなんだか楽しそうに見える。
「お母さんって…経験者?」
「うふっ、実はそうなのよね。」
お母さんってお父さん意外の人と付き合った事あるんだ。
「ママとパパが従兄って知ってるでしょ?」
「うん。」
「16歳だったかな〜…天宮の親族が集まった日があってね、子供だったママは大人の話し合いに参加出来ないから自分の部屋にいたの。そしたらね、パパが様子を見に来て高校生活はどうだとか、お友達の事話してたら、いきなり告白されたの。一人の女の子として好きだって。」
懐かしむ様に少し照れながら話すお母さんは可愛い。
「その日までは優しいお兄ちゃんって存在だったからビックリしちゃったの。」
「でもね、告白された夜はビックリしたからか嬉しかったからかわからないけど寝れなかったの。」
「それから好きになったの?」
「うん。パパにやられちゃった。パパってば凄く積極性なのよ〜?告白された次の日学校だったんだけど、帰る時に門で待ってたの。迎えに来たってぶっきらぼうに言うの。」
高校時代を思い出しながら話すお母さんは本当に嬉しそうで幸せそうで聞いてる私もなんだか楽しくなってくる。
「学校がある日は毎日一緒に帰って、休みの日はデートしてたの。もうその頃には好きになってたのかもしれないわね。」
「言ったの?好きって。」
「恥ずかしくて言えなかったの。それと、まだ好きでいてくれてるのか不安な気持ちもあったのかも。」
告白って本当に恥ずかしいもんだよね。
告白する前から悪い事ばっかり考えちゃう。
「映画を見た帰りだったかな。俺と夫婦にならないかって言われたの。これがプロポーズなんだって結婚した後に気付いたの。でも、ママもパパが好きだったから、お嫁さんにして下さいってお願いしたの。」
お父さんかっこいいじゃん。
「パパかっこいいでしょ〜。従兄同士で結婚なんて大反対されたんだけどね、まぁそこは既成事実を作ろうって事で結婚出来たのよ〜。」
パパって大胆でしょ〜、って言うお母さんも大胆だと思うんだけど……。
「好きな人が出来たら突っ走っちゃいなさいね。」
今までだってそうだったんだけどな……。
「次、三井さんを見た時に自分の気持ちがハッキリするんじゃないかしら。ちゃんと素直にね。」
おやすみと言ってお母さんは部屋を出て行った。
ため息をつきながらベッドに寝転ぶ。
好き――――…なの?
目を瞑ると三井さんの姿が浮かんでくる。
驚いた表情
笑った顔
真剣にPCを見つめる横顔
男の顔………
三井さんを思い出してると顔が緩んできた。
だって……私、三井さんの事見すぎじゃない?
三井さんの好きな食べ物やクセだって知ってる。
気づかない内に気になってたの?
そんな前から好きになってたの?
だから未だに胸がドキドキって高鳴るの?
全然寝れなかった……。
葛城さんの顔が頭から離れない。
こんなに酷い自己嫌悪に陥ったのも初めて。
「葛城さん来ませんね…。」
桑畑がため息をつく。
今日はまだ一度も葛城さんを見てない。
毎日、朝は必ず社長室を訪れるのに……。
それでも時間は刻々と過ぎていき、昼休みに入った。
昼休みのチャイムが鳴ると同時に席を立って食道に足を進める。
葛城さんとは食堂で会う事が多い。
食堂に入ると社員はまだ疎らで誰がいるか見渡せばよく顔が見える。
ゆっくりと視線を動かして行き、端の奥のテーブルで目を止めた。
紙パックジュースにストローを差し、携帯を見ながら飲む姿。
携帯を見て微笑んでるから、今だったら声かけれるかも。
ゆっくりと足を進め、葛城さんに近づくがまだ俺には気付いてない様子。
「葛城さん……。」
葛城さんが座る椅子の横に立つ。
「………あっ……お疲れ様です。」
葛城さんは席を立ち、逆方向を歩いて行ってしまった。
避けられてる………よな。
俺の目なんか全然見なかったしな……。
今すぐ追いかけたい。
ごめんって謝りたい。
でも、しつこいって言われたら?
「何立ち止まってんだ。」
「あ………戸高さん。」
「あ゙?何も頼んでねぇのか?」
「まぁ…はい。」
手ぶらの俺を見て怪訝そうに顔を歪める戸高さん。
「さっきさ、ありさ見たんだけど…なんかした?」
「いえ…挨拶したぐらいで。」
「ふーん……顔が真っ赤だったからさ。」
変な奴と言って戸高さんは定食を食べ始めた。
俺は食べる気が起きず、缶コーヒーを買って戸高さんの隣に座った。
「あのさ、一ついいか?」
「はい。」
「さっさとありさをモノにしろよ。焦れったいんだよ。」
今すぐモノにしたい。
「好きなら諦めんなよ。」
……………ちょっと待て。
「戸高さん………。」
「あ?」
なんで………なんで……
「俺、葛城さんが好きなんて一言も言ってないですよ?」
「馬鹿か。そんなもん見てればわかるんだよ。」
今更だろと言わんばかりの顔で見てくる。
「ありさが現れるたびにいっつも見惚れてんじゃん。」
うわー………そんなにわかりやすかった?
確かに見惚れてたけどさ。
「好き以外なんでもねぇだろ?」
恥ずかし過ぎて戸高さんが見れない。
テーブルに肘をつき、ため息と共に項垂れてしまった。
「早くどうにかした方がいいぞ。」
俺だってどうにかしたい………けど、避けられてちゃどうにも出来ないだろ。
「手遅れになる前にな。」
意味深な言葉を残し、聞き返す事もままならず先に行くと戸高さんは席を立ってしまった。
手遅れって………そういう話が上がってるとか?
俺以外にも葛城さんに好意を持ってる奴なんて山ほどいるんだ。
その中に葛城さんの好きな人がいるって事なのか?
もう何度ため息をついたかわからない昼過ぎ。
日に日に葛城さんの存在は大きくなって、俺を蝕んでいく。
もう、好きなんてレベルじゃない。
仕事より葛城さんに夢中になってるんだから。
「戸高さんいますか?」
定時すぎに聞こえてきた艶ある声。
「ああ、どうした?」
「ちょっと来て。」
「ちょっと抜けるわ。」
チラリと横目で見るが、交わる事のない視線。
ダメだな………どんどん欲張りになってきてる。
最初は見てるだけで充分だった。
一目見れた日は1日仕事が頑張れるほどだった。
それが、秘書課に配属されたお陰で話す事が出来た。
気取ってる様な雰囲気なんて微塵もなくて、気さくだし話やすい人だった。
“お疲れ様です”から始まった会話。
それが今は会うたびに声をかけて来てくれるし、堅苦しさなんかなくて冗談混じりの会話が増えた。
もっと―――――もっと、知りたい。
それと同時にもっと知って欲しいと思う。
PCから視線を移して窓の外を見れば、向かい合い微笑み合う仲睦まじい2人。
つい最近まで俺もあんな感じだったはず。
それを壊したのは俺。
気持ちを理性を欲望を抑えられなかった。
「葛城さんと戸高さんって許嫁ってやつなんでしょ?」
「えっ!?そうなの?」
「噂じゃないんすか!?」
「噂って聞かれれば噂なんだけど、本当に近いらしいわよ。だってさ、頷けない?」
「ああ〜確かに!毎朝2人で社長室行くしね〜。いつ見てもいい雰囲気だし?」
「2人とも酷いっすよ〜…俺、葛城さん好きなんすから…。」
「諦めなさいよ。望みなんてこれっぽっちもないわ。」
「そうそう。戸高さん厳しいけどかっこいいし?高給取りだし?女の扱い馴れてそうだし?桑畑くんなんて可能性0ね。」
桑畑じゃなくて俺に向けられた言葉に感じた。
俺じゃ吊り合わないと
俺には無理だと、諦めろと言われたみたいだった。
「すまん、今日は帰る。」
「なんかあったんですか?」
「ああ、まぁ…。三井、後任せていいか?」
「あ……はい。」
PCの電源を落とし、鞄を持った戸高さんは秘書課を出て行った。
廊下で待つ、葛城さんと共に……。
「美人って特よね〜。」
「手に入らないものなんてないんじゃないのー?」
葛城さんの悪口を聞くのは嫌だ。
けど、今はそんな事より戸高さんと帰る姿がショックだった。
チカの言葉を思い出す。
チカと戸高さんは兄弟で葛城さんとは親戚になるらしい。
それを聞いてホッとしたのを覚えてる。
親戚と聞いてなんで安堵なんかしたんだか……。
親戚同士でも結婚は出来るんだ。
噂は嘘なんだってわかってる。
本当に2人が許嫁なら戸高さんは俺にあんな事言わないだろ?
それに、葛城さんだって彼氏なんか作らないはず。
2人はただの親戚――――…。
そう何度も言い効かせても、真実を知らない俺は噂に振り回されてしまう。
こんなに情けない男なんて今まで気付かなかった。
それと、意外と女々しい奴なのかもしれない。
今日だって避けられた事に視線が交わらない事にショックなんか受けないで捕まえれば追いかければよかった。
あの日だってそうだ――。
必死に走って、何が何でもこっち向かせて冷静になって…大好きだと、君しか見えないと言えばよかった。