「クソ餓鬼が大層な事言ってんな…。帰るぞ。」





地を這うような低い声が聞こえ、ゆっくりと後ろを振り向く。





「とっ戸高さん!?」


「邪魔して悪いな、三井。」


「いえ……。」





腕を組み、後ろに立つ戸高さんはかなり不機嫌だ。





「来たぞ、身元引き受け人が。」


「後は幸兄に聞いてもらいな。」


「お前ら、弟のくせして俺をよく使えるな。この貸しはでかいからな。」





弟………





「戸高さん、ご兄弟なんですか?」

「ん?ああ。コイツが次男で、この餓鬼が四男だよ。」





チカさんが次男で貴久くんが四男だった。





「ありさ、帰るぞ。」


「幸くーん!聞いてくれる!?」


「はいはい、わかったから。帰るわ。三井、また明日な。」


「はい、お疲れさまです。」





抱き着いて来た葛城さんを引きずり、戸高さんは帰ってしまった。




「戸高って陽介くんとチカさんのお兄さんだったんだ…。」


「ぶはっ!チカさんって!チカでいいから。」





陽介くん目掛けて吹き出したチカは可笑しそうに言う。





「ありさって幸兄だけには素直だよね。」




苦笑しなが言う貴久くんにチカも苦笑を返す。





「だよな。俺達の前じゃ絶対強がるんだよな。あっ、お前電話しただろ?俺は知らねぇからな。」


「今言っても遅いよ。共犯なんだから。」


「クソ生意気。」





悪態をつくチカに貴久くんはニヤリと笑う。





葛城さんの回りにはこんなにイケメンがいるのか……。





こんな人達を見てるんだか目は肥えてるはずだよな。





会社の男達なんてぼやけてしか見えないのかもしれないな…。





「なぁ、宗士。ありさって会社ではどんな感じ?」





名前で呼ばれたのに少し驚いたが、飲み友達ができたんだと嬉しかった。





「会社では男性社員のマドンナ的存在。クールな感じかな。」


「あっははは!クール!?ありさが?頑張ってんじゃん。」





意地悪そうに笑みを浮かべ、グラスを口につけるチカ。





「しかもありさがマドンナだとよ!」


「顔はいい方じゃん。」


「ありさ達ってまぁ顔はいいけどバラバラだよな〜。」


「でも、ありさだから上手くいってんじゃない?」


「だな〜。」





この兄弟の会話は話が見えない。



「お前らの話、意味わかんねぇ。」




陽介が俺の聞きたい事を聞いてくれた。





「ああ、わりぃ。ありさって4姉妹なんだよ。」


「さっきの子?」


「そうそう。写メ見る?」


「見る見る!」





まだ保存してたよな〜って言いながらチカは携帯を弄りだす。





「あった。これ。」





渡された携帯を陽介と覗き込む。




「なんだこの姉妹。」





画面の右側に葛城さん、その隣にフワフワのパーマがかった明るいブラウンと黒髪の子、横には葛城さんに似てる女の子。





「この2人双子?」





陽介が指した2人は本当によく似てる。





「かれんとまりあ?双子じゃねぇよ。」


「マジ?そっくりー。」


「容姿だけじゃなくて頭ん中もそっくりなんだよ。」


「は?」


「母親譲りの美少女なんだが、ド天然なんだよ。話してると疲れるぞ。」





制服着てるから葛城さんの妹だよな。





稀に見る美少女達だけど………やっぱり葛城さんは綺麗だ。





しかも会社で見せる笑顔と全然違うし。





はぁー…俺にもその笑顔を見せて欲しい。




うんざりといった表情を浮かべ、紫煙を吐き出す目の前の男。





女が恋人に浮気されて、落ち込み泣いてるのに慰めるといった優しさはないわけ?





「聞いてる?」


「聞いてる。」





絶対嘘!





さっきからPCを開きカタカタとキーを押して仕事をしてる。





「ねぇ、なんの話だったけ?」


「知らん。」





ほらっ!やっぱり聞いてなかったじゃん!





「幸くん!私、真剣に話してんだからちゃんと聞いてよ!」





目の前の男、幸くんこと戸高幸一。





父の姉の息子、つまり私の従兄。




PCから視線を外し、ギロリと睨まれた。





「よく聞け、マセ餓鬼。たかが1人の男の事でうだうだ言ってんな。浮気されるお前も悪い。いくら大人ぶっても所詮子供だろうが。お前、見る目ないんだよ。」


「ゔー…。」


「彼氏欲しいなら、タメ狙え。」


「やだっ!年上が好きなの!」


「だったら叔父さんに見合いでも組んで貰えよ。」


「絶対嫌!お見合いして脂ぎったおっさんが来たらどうするの?夜な夜な変態染みた事されたらどうするの?」


「何言ってんだお前。」




“お見合い”って私の中じゃいい印象じゃないんだよね。





結婚相談所に入ってる人とか紹介されそう。





「年上好きなんだろ?」


「オジサンは別なの!」


「オジサンの方がテクニシャンかもしれないぞ?」


「嫌っ!縛られたり鞭で叩かれたりするかもしれないじゃない!逆だってありえるんだよ?それに、どちらかと言うとMじゃなくて、私はSなんだと思うの。」


「お前バカだろう。」





な゙っ!真剣に話してるのにバカはないでしょ。





「勘違いしてんな。叔父さんの組むお見合いは会社の有能な社員だよ。お前ら女ばっかだろ?跡継ぎいねぇじゃん。ここで天宮を途絶えさせるわけにはいかねぇんだから、天宮に勤める有能な婿取るんじゃねぇの?」


「そうなの?」


「知らん。けど、お見合いは期待していいと思うけど?」





そう言われたら、考えちゃうよ。




幸くんの言う事あってるかもしれない。





お父さんは長男で、お爺ちゃんから会社を譲り受けたけど私達子供はみんな女。





私達が嫁いだら継ぐ者がいない。




会社の有能な社員を婿養子にしようって思ってるのかな…。




お爺ちゃんから会社の制度が変わった。





何十年勤めていようが、業績が伸びなければ昇進は出来ない。





現に、30前で課長や部長に就く優秀な人もいる。





そんな人とお見合いするのかな…。





「ねぇ、オススメの人いない?」


「いない。」


「ちゃんと考えてよ。即答しないで!」


「俺より有能な奴はいない。俺と結婚するか?」





ニヤリと自信あり気な顔がムカつく。





「幸くんは絶対嫌!私よりSじゃない。」


「俺もお前はごめんだ。俺のタイプはかれんかまりあだからな。」

「手ぇ出さないでよ?」


「出すか。結婚には興味ない。」





タイプじゃないって言われて少しショック〜。





「三井なんかどうだ?」


「三井さん?」


「よく話してんだろ?それに三井は俺の次に有能だからな。」


「三井さんは優しいよね。」





でも、対象外かな……。





同じ会社で働く者同士だし、恋愛対象としては見れないかも…。





「まぁ、三井も選ぶ権利はあるし、お前みたいな女はごめんだろうな。」





ちょっと!なによそれっ!




「私だって本気になれば三井さんだって…」


「無理無理。本社勤めの奴は止めとけ。」





私の話を遮って無理って……。





「会社でのお前は葛城ありさ、23歳って事になってるだろ?本当の事言ったらどうなる?」


「………。」





答えがわかっていていい返せない。





私は、母の旧姓葛城を名乗っている。





23歳ってのも嘘で本当は18歳。





私は長女だから、昔から父の会社を手伝いたいと思っていた。





中学生の時、母に連れられ父の会社を訪れた事がある。





トイレに行った時に聞いた話がいつまでたっても耳に残っていて忘れられない。





「さっき社長の奥さんと娘さん見たよ〜。」


「いいよねー。家がお金持ちって。」


「バカ高い学費のお嬢様学校の制服着てたね。」


「なんかさ、親が偉いと子供まで偉く見えるよね〜。」


「でも跡は継げないんじゃない?どっかの金持ちと結婚するのが決まってそうだし。」


「まぁ、社会に出たとしても役立たずでしょ。不自由なく暮らしてきたんだから、働く事の意味もわかってなさそうだよね〜。」




中に入って文句の一つでも言ってやりたかった。





でも、私の行動が社内に噂として広がり父に迷惑かけるほうが嫌だった。





確かに何不自由なく暮らしてきた。





社会に出て働くという事がどんなものかも知らないけど、大変だという事はわかってる。





休日返上で仕事に向かい、出張で何日も家を空け、電話が鳴れば朝早かろうが深夜だろうが仕事に向かう父を見てきた。





「お母さん、お父さん仕事ばかりだね。」





小学生の時に、一度母に聞いた事がある。





「お仕事してるパパはカッコいいのよ。パパが一生懸命お仕事して会社のみんなを守るのよ。」





父が仕事ばかりでも、寂しそうな顔を見せず、寧ろ幸せそうな表情を浮かべる母の顔が印象に残っている。





今までは漠然としていたけど、トイレで社員の話を聞いてから考えが変わった。





いつまでもお嬢様なんかじゃいられない。





お嬢様でも働ける。





少しでも父の手助けができればいい。





そう思い、高校に入学してから夏休みや長い休みは父に頼み込んで社会勉強をする事にした。




天宮をそのまま名乗ると、また“お嬢様”と言われるかもしれないから葛城を名乗る事にした。





年相応に見えるように、ピシッとしたスーツを着て少しキツめの香水を纏って、化粧もケバいくらい施して髪も綺麗に纏めた。





少しでも役に立ちたいから、学校でも情報処理科に転科して簿記も電卓も情報処理もビジネスも検定を受けて資格を取った。





幸くんやチカくんにも仕事の事を教えてもらった。





でも、私の考えは甘かったんだと思い知らされた。





いくら勉強しても資格取ってもそれは当たり前でそれ以上の能力が必要だった。





一分一秒もムダに出来ないものだった。





けど、学校では味わえない達成感を感じる事が出来る。





何十枚といった書類を期限までにすべて揃えなければならない。





1人の小さなミスが会社を揺るがす事だってある。





本当に私は、ぬくぬくと苦労もせず贅沢に生きてきたんだと思った。