―あの日―
横断歩道ですれ違ったあの日、俺は中谷さんと待ち合わせをした。
以前の俺の受け持ち患者に会うため。
俺たちが約束の時間より少し早くに着いたら、すでにコーヒーを注文して待っている患者さん。
彼女の名前は池田さん。
19歳。
子どもが1人いる。
旦那とは妊娠中に別れた。
派手なお嬢様風の見た目とは裏腹に、爪だけは丁寧に切りそろえられ、マニキュアすらつけていない。
『先生、また中谷さんと一緒に“彼女だ”なんて言いにきたの?
嘘なのわかってんだから。
中谷さんには忘れられない人がいるんでしょ?
私だって看護学科なんだから。
それくらいの情報まわってくるよ』
池田さんは中谷さんと同じ大学の看護学科で、後輩にあたる。
『どこからそんな情報がまわるのよ。
私が卒業して何年たつと思ってんの……まったく』
機嫌を損ねた顔の中谷さん。
「池田さん、確かに俺たちは付き合ってないよ。
ごめん。嘘ついて。
でも、君の気持ちには応えられない」
湯気もたっていないコーヒーをすする池田さん。
『あなたも看護師のはしくれなら、人の気持ちを考えて行動しなさい。
早坂先生は医者として、患者のあなたをみていただけなの。
一番いい方法で、いい時期に出産してほしい。
だから、あなたに一生懸命だったの。
優しかったの。
私も嘘ついたのは悪かったわ。
だけど、もう病院に会いにきたりするのは止めなさい』