「じゃあさ、長谷川」

大きな歩幅でゆっくりと、小坂がこっちにやって来る。


「こうやって、俺に会いに来てくれんのは何で」


小坂は私を見下ろす距離で立ち止まり言った。

太陽が高いから、足元の影は短い。

見上げると空が眩しかった。
ちょうど小坂の顔が影になってしまってよく見えなかったけれど、茶化すような笑顔が容易に想像できた。


私は呆れた表情と声をつくって返事をする。


「だから、小坂に会いに来てるわけじゃないから」

「本当?」

「本当だよ。教室にいたくないから、逃げてきてるだけ」



最初に会ったあの日、小坂は私とは違って正当な手段で鍵を手に入れていた。
つまり、事務室から拝借して来たのだ。

棚の奥に管理されていて、持ち出し禁止のその鍵は、逆に言えば無くなってもすぐにバレない環境にあった。

それをいいことに小坂は自由に屋上へと出入りしていたようだが、昨日、事務室に返したそうだ。

私があの鍵を譲ってやったために他ならない。

もちろん、事務員には見つからないよう、うまくやってのけたそうだ。